帝都に師走が訪れた。
礼瀬家に戻った時生は、既に腕の怪我も回復し、今では包帯こそ巻いているものの、日常生活に支障はない。澪の子守りの仕事に関しては、心配した澪が毎日時生の部屋へと来るので、結果としては一緒にいるかたちだ。今も澪と二人、畳の上で崩し将棋をしている。
「勝った!」
満面の笑みになった澪が頬を紅潮させ、嬉しそうに瞳を輝かせている。
その姿が愛らしくて、時生は己が負けたのに、つい喜んでしまった。ゲームには勝敗がつきものだが、楽しむという行為には勝ち負けはないのかもしれない。
そこへ障子が開く音がして、見れば渉が入ってきた。
「飯だぞー、時生さん、澪様」
「ありがとう、渉くん」
十五歳の渉は、本日は黒い帽子を被っている。書生として勉学に励むために、図書館などへ行く場合、大抵彼はこの姿だ。まだ二次性徴が完全には終わっていない様子で、渉は時生よりも背が低い。まだまだ幼さの残る表情だ。
こうして渉に先導され、時生は澪の手を引き、緩やかな方の階段を降りて、洋間の食堂へと向かった。本日の昼食は、オムライスだ。澪と二人で席につき、渉が出て行こうとした直前で、不意に扉が勢いよく開いた。
「聞いて! 奥様がお戻りになるそうよ!」
入ってきたのは真奈美だった。黒い髪が揺れている。手には手紙を持っていた。
それを聞いて、澪が目を丸くし、ひょいと椅子から飛び降りて真奈美に走り寄った。
「お母様が帰ってくるの? いつだ? いつ帰ってくるんだ?」
「今
真奈美も嬉しそうだ。渉も驚いた顔をし、真奈美に手を伸ばす。
「見せろ。今までどちらにおられたんだ?」
「宿屋に泊まっておられたみたい」
「へぇ! じゃあ旦那様にも大至急連絡しないとな」
渉の声も弾んでいる。
その場を見守っていた時生もまた、本当によかったと感じた。ただ多くの場合、実母が子の面倒を見ることが多いから、ならばいよいよ己は澪の面倒を見るという仕事が無くなるのだなと漠然と思った。そうなったら、やはり礼瀬家からは出て行った方がいいのだろう。隆治の所業は怖かったが、『迷惑をおかけするな』という言葉だけは、今も真理だと時生は考えている。
「とりあえずご飯を食べてから、お迎えする準備をしましょう!」
真奈美はテーブルの上を一瞥してから、踵を返して出て行く。渉もそれに従った。澪は嬉しそうな顔をして椅子に戻ると、時生を見る。
「お母様が帰ってきたら、紹介する!」
「ありがとう、澪様」
笑みを返した時生は、それからオムライスを味わった。