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第22話 あやかし対策部隊にて

 ――時生が回復した翌日の朝、偲はあやかし対策部隊の隊長及び二名の副隊長が執務を行う、特別執務室にいた。ここには、窓辺に隊長席があり、そこには対策部隊隊長の相樂達樹さがらたつきが座っている。黒い短髪をしていて、鋭い目つきだ。その角を挟んで左右に、二名の副隊長席がある。入り口から見て左側が偲の、右側が青波優雅あおなみゆうがの席だ。偲と同期である青波は現在不在だ。結櫻と三名が同じ年に士官学校を卒業した。相樂は年上で、現在三十二歳である。


「高圓寺家のご子息が、破魔の技倆を……確かに出生届は、四将の一角であるから軍にも報告はあったが、当時から今に至るまで、『力は無し』という出生時の報告しかない」

「やはり〝途中顕現〟だと、俺は考えています」

「偲の考えに俺も同感だ。四将には生まれやすいからな。四将は爵位を与えられる条件として、破魔の技倆が顕現したら、軍に所属するという規定がある。だが軍属になるには、成人しているとはいえ、家族にも同意書を貰う必要がある。なにより、何も知らせないわけにはいかないだろう。高圓寺伯爵家の隆治卿には一報をいれなければならん」

「ええ。ただ、気になることがあって」


 偲は頷きつつも険しい顔をし、視線を下げる。


「どうした?」

「時生は、生家の高圓寺家において、あまりよい待遇は受けていなかった様子なんだ」

「ほう」

「俺が思うに、虐待を受けていたのではないかと」

「なんだって?」

「時生はそうは語りませんでしたが、十中八九間違いないと思っています」


 断言した偲を見ると、逞しい両腕を組んで、相樂が唸った。


「迂闊に一報を入れるわけにはいかない、か。だが、連絡をしないわけにもいかん。ここは一つ、隊長の権威をかざすことにするか。俺が言うほうが、聞いてくれるかもしれないだろう?」

「……そうだな。そうですね、お願いします」


 偲が頷いたので、優しい目をして肉厚の唇の両端を相樂が持ち上げる。顎には黒く短いひげが生えている。


「任せとけ。しかし偲も過保護だな」

「見ていると放っておけなくて」

「そうか。ま、酷い目に遭って生きてきたというのなら、誰かが癒やしてやらんとな。大切にしてやれよ」

「言われなくとも」


 微苦笑して返してから、偲は己の席についた。

 その場で、黒電話の受話器を手に取り、あやかし関連の家柄の番号を控えてあるノートを取り出した相樂が、早速高圓寺家へと電話をかけ始める。書類仕事をしながら、チラリと偲は、相樂の姿を見る。すると少しして電話が繋がったようだった。


「もしもし、こちらは帝国陸軍あやかし対策部隊の隊長で、相樂達樹と申しますが、隆治卿はご在宅でしょうか?」

『はい、旦那様はおられます。少々お待ちください』


 響いてくる受話器の向こうの声に、偲は耳を傾ける。


『お電話代わりましたが』

「急な連絡恐縮です。実はご子息の高圓寺時生くんの事で、少し」

『アレが何か?』

「――破魔の技倆の力が顕現した様子で、部隊の者が力を確認しております」

『! 時生が……? まさか……破魔の技倆を持っていただと? それは……い、今時生は何処に?』

「軍の者の家で保護をしております」

『すぐに迎えに参ります。どちらのお宅ですか?』

「安全で身元のしっかりした者ですので。あやかし対策部隊で保護していると考えて頂いて構いません」

『いやしかし、保護者は私だ。実子の身元は把握してよいという国法があるではございませんか。いくら保護して下さっているからとはいえ、時生は私の大切な息子だ。それも破魔の技倆を持っているとなれば、大切な――ああ、大切な……ええ。とにかく、迎えに参ります』

「規定により、時生くんを軍属に、と」

『一度、時生と話をさせてください。それで、何処に?』

「……四将の一角、礼瀬伯爵家で保護しています」

『そうですか。礼瀬様にはお礼をしなければ。なんと……そうか、時生に破魔の技倆の力が。これは朗報、めでたい事です。ご連絡、有難うございました』


 その言葉が響き終わると、一方的に電話が切れた。

 暫くして受話器を置いた相樂は、偲と視線を合わせると苦笑してから溜息を吐いた。


「さすがに法律を持ち出されたら、言わないわけにもいかなかった……悪い」

「いえ……有難うございます、隊長。とりあえず、時生が隆治卿と会う際には、同席しようと考えております」

「ああ、それがいいだろう」


 頷いた相樂を見て、頷き返してから、偲は本日の仕事に取りかかることにした。

 師走の十日に行われる、慰霊祭の準備に関する書類を見る。

 ただし気はそぞろで、早く帰宅して時生に事情を話し、今後について伝えて、安心させてやりたくて、仕方がなかった。




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