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第20話 破魔の技倆

 それから改めて死神のいた位置を見れば、そこには落下した鎌があるだけだった。

 だが――……絶望的なことに、二体目、三体目と、その場に死神が群がり始め、計五体が、時生達の方へと飛んでくる。


 ――もう一度。


 時生は必死に右手を見てみるが、小さい焔はどんどん消えていくばかりで、先程のような事にはならない。今度は二つの鎌が同時に迫ってくる。守りたいのに、このままでは助けられない。そう考えて、より強く時生は澪の震えている小さな体を抱きしめ、鎌に切り裂かれる痛みを覚悟し、ギュッと目を閉じた。


 すると鎌が振り下ろされようとした直前、その場に強風が吹き荒れた。

 驚いて時生が目を開くと、風の刃が次々と死神を真っ二つに切り裂いていき、その直後にそれらのあやかしは、黒い灰となって地面に落下していった。


「お父様!」


 澪が叫んだ。時生が澪の視線を追いかけると、そこには焦燥感に駆られるような、同時に非常に険しい眼差しをした、偲が立っていた。軍刀を抜いており、血はついていないのだが、まるで血を払うように、刀を動かし、そしてキンっと音を立てて鞘にしまった。


「今のは……」

「お父様の破魔の技倆は、風なんだ。破魔の技倆は、風・水・火・地・雷があるんだ。特殊五行というんだ」


 澪が誇らしげに言う。時生が腕の力を緩めると、澪が偲に駆け寄る。

 屈んで偲が澪を両腕で抱きしめた。

 ギュッと目を伏せ、安心したように息を吐いている。


「無事でよかった」


 時生はその姿を見ながら、今になって恐怖がこみ上げてきて、気づくと涙ぐんでいた。

 それに気づいた偲が、澪を抱き上げてから、時生に歩みよる。そして時生のこともまた、抱きしめる。


「時生も無事で本当によかった」

「ありがとうございます……僕がお連れしたばっかりに」

「いいや、悪いのは狙ってきたあやかしだ。時生は何も悪いことはない。よく、澪を守ってくれたな」


 その言葉に時生はいよいよ涙がこみ上げてきて、思わず偲の体に額を押しつけて、ギュッと目を閉じる。怖かった、本当に怖かった。するとポロポロと涙が頬を流れ、零れ落ちていく。偲が落ち着かせるように、時生の背中を優しく叩くのだが、それがまた逆効果で、安心してしまい涙が余計に出てしまう。


「もう大丈夫だ。澪に持たせていたお守りの中の結界石に、反応があったから駆けつけたんだが、本当によかった、間に合って。まさか二人が襲われていたとは……」


 偲がそうつらつらと口にした時、もう一人の軍服姿の――青波が歩みよってきた。


「公私混同はいい加減にしろと言いかけたけどな、まさか死神が出るとは……」

「青波……ついてきてくれて悪いな」

「いや、今日は暇だったからな。まぁ、偲一人で倒せたんだから、俺は不要だったが、代わりに報告書は俺が出しておくから、家族二人を送ってやれ」

「ああ、頼んだ」


 偲が頷く。時生は、『家族』とくくられた事が、そんな場合ではないのかもしれないが、とても嬉しかった。なんだか、礼瀬家にいていいのだと、周囲にも認められた気分になった。


 青波が歩き去ってから、やっと時生がが顔を上げたので、偲が問いかける。


「遠目に見えたのだが、時生……破魔の技倆を?」


 偲の声に、澪が答える。


「そうだ! 時生が使った」


 それを聞くと、時生はまだ事態を理解出来ていないのだが、偲の方は納得したように頷く。


「破魔の技倆は眠っていた才能が、成長途中や成長後に開花することもある。その場合は幼い頃から訓練している者とは違い、最初は自分の意思では使えない。だが、訓練はいつ始めても遅くはない。時生も、使えるように鍛錬するといい。破魔の技倆が使える以上、訓練をすれば、見鬼の力や先見の力も使えるようになるはずだ。それらは、破魔の技倆の一部だからな」


 時生は困惑しながら、やっと唇を開き声を出す。


「……破魔の技倆って、その……なんですか?」

「――あやかしを討伐する力だ。詳しくは後で説明する。取り急ぎ、帰ろう」


 こうして偲に促され、澪の左右の手を、偲と時生がそれぞれ握りながら、帰路についた。





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