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第14話 偲の欲しかったもの

 時生は狼狽えながら、ついていった。


「偲様!」

「ん? どうかしたか?」

「ぼ、僕、お金を持っておりませんし……」

「ああ、気にすることはない。元々、時生に合う品を買おうと思い立ったのは俺だ。俺が支払う」

「えっ、いやそのように買って頂くわけには……」


 これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと考えて、慌てて時生が首を振る。


「――それでは、給金から天引きするとしようか?」

「え? お給金ですか……? それこそ、そんなものは、頂けません。僕はただでさえ、家に住まわせていただいているのに……」

「まだ伝わっていないようだが、時生はきちんと『澪の世話をする』という仕事を担ってくれているのだから、給金だってきちんと払う。住居もまた、住み込みは条件の一つと受け取ってもらって構わない」

「で、でも……」

「時生。そう、気を遣わなくていい。ほら、こちらの着物などどうだ?」


 偲が喉で笑ってから、展示されていた着物を視線で示す。

 過去、真新しい着物を身につけた事などなかった時生は、目を丸くする。


「試着してみたらどうだ? 気に入ったら、丈を直してもらおう」

「……」

「この色は気に入らないか?」

「……いえ。とっても綺麗だと思います」


 偲の勧めで時生はこの日、普段着や寝間着をはじめ、様々な着物を身につけた。

 それらを見ていた偲が、店主を呼ぶ。


「ここにある品を全て頼む」

「畏まりました」

「えっ」


 まさか全て購入するとは思ってもおらず、呆気にとられて時生は声を上げる。

 すると時生を不思議そうに偲が見た。


「必要だろう? いつまでも丈の合わない俺の服を着ているわけにもいくまい」


 それを耳にし、これまで身につけていた品が、偲のものだったことも、時生は初めて知った。呆然としている内に、偲に促され店主に誘われて、時生は奥の部屋で背丈などを測定される。そうしていると時間があっという間に過ぎていく。


「それでは、こちらは後日礼瀬様のお宅にお届け致しますね」

「ああ、頼む」


 会計後に偲は店主にそう答えてから、すたすたと店を出て行く。まだ焦ったままで、時生はその後を追いかけた。


「し、偲様……」

「ん?」

「……ありがとうございます」

「構わない。さて、次も難題だ」

「え?」

「澪への土産だ。何を買ったものか」


 そう言って笑う偲の表情は、とても優しい。その姿を見ていたら、時生の気が少しだけ楽になった。


「澪様は、今は言葉のお勉強をしているから、カルタなどいかがですか?」


 ふとした思いつきを時生が語ると、偲が両頬を持ち上げた。


「よいな。そうしようか。確かに買ったことがない」


 偲が同意し、それから二人は玩具店を探して歩きはじめる。

 隣を進みながら、時生は尋ねる。


「偲様ご自身は、何が欲しくて、本日はお買い物へ?」

「うん? 俺は、時生の服を買おうと思って外へ出たんだ。つまり、時生用の品が欲しかったと言うことだな。見て満足だ」

「!」


 驚いた時生は、胸に温かいものがこみ上げてきた気がした。

 荷物持ち役でもなんでもなかったという事実、本当に自分のためだけに来てもらい、様々なことを慮ってもらい、己のことを思い考えてもらっているということが、どうしようもなく温かく感じ、嬉しさと困惑が綯い交ぜの胸中となる。


「ああ、あそこに子供向けの店があるな」

「……偲様」

「なんだ?」

「本当にありがとうございます」


 時生が必死に礼を告げると、顔を向けた偲が小首を傾げながら立ち止まり、柔らかく笑った。そしてぽんと手を時生の頭におく。二度叩いてから、瞬きをした。


「俺がしたくてしていることだ。なにも気にするな。ほら、行こう」

「……はい」


 偲の厚意を受け止め、働くことで報いたいと感じる。

 時生は歩き出した偲とともに玩具店へと入った。

 なお、帰宅しカルタを渡した結果、澪は大喜びしたのだった。





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