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第13話 初めての休日と外出

 こうして定められた、初めての〝お休み〟が訪れた。

 本日は仕事をしないようにと言われているが、かといって何をすればいいのかも分からず身支度を整える。現在身につけている着物は、ここでお世話になるようになってから、真奈美と渉が運んできてくれた品だ。袖を通して、ぼんやり考えていると、戸が開いた。


「あら、時生さん! 寝坊したのかと思ったわ」

「おはようございます、真奈美さん」

「お休みでも、ご飯は必要でしょう? もう、用意は出来てます。さぁ、行きましょう!」


 その言葉に、時生は驚いた。

 世話という仕事がなくても、同席していいのだろうかと、困惑する。

 だが出て行った真奈美は当然だという様子だった。



 そこでおずおずと階下へ向かうと、洋間の食卓には、既に偲と澪の姿があった。


「おはよう、時生」

「遅いぞ! 時生、早く座れ!」


 柔和に微笑した偲と、元気のよい澪は、ごくごくいつもと同じだ。


「おはようございます……」


 頷きつつ、本当にいいのだろうかと考えながらも、定位置となっている己の席に、時生は腰を下ろす。本日の献立は和食だった。焼き鮭と厚焼き卵がとくに目を惹く。


「いただきます!」


 澪が手を合わせる。どうやら、己を待っていてくれたらしいと悟り、時生は胸がいっぱいになった。自然と二人に受け入れられている事実に、まだ慣れないでいる。


 朝食が始まり、時生は箸で白米を口へと運ぶ。

 この一粒一粒がどうしようもなく貴重に思えて、愛おしい。


「ところで、時生」


 その時、偲が時生を見た。


「はい」

「今日の予定は決まっているか?」

「いえ……何をしたらいいのか分からなくて……」


 時生は正直に述べた。これまでの人生において、休みなど与えられた事が無かったからだ。すると小さく頷いた偲が、続けて口を開いた。


「俺は少し買い物に行きたいんだ。一緒に行かないか?」

「あ、はい!」


 荷物持ちを探しているのだろうかと、時生は考える。お世話になっているのだから、当然その程度は行いたい。大きく時生が頷くと、澪が二人を交互に見た。


「お土産、買ってきてくれるか? お父様」

「そうだな。良い子に待っていると約束できるなら、考えよう」

「考えるだけでは駄目だ! 約束してくれ!」

「抜け目がなくなってきたな……」


 偲と澪のやりとりが微笑ましくて、自然と時生の口元も綻んだ。

 食事の時は、穏やかに流れていく。



 食べ終えてから、一度部屋に戻り、こちらも借りている外套を羽織ってから、時生は玄関へと向かった。すると和の装いの偲が立っていた。軍服姿を見る機会の方が多いから、少しだけ新鮮に思える。


「それでは行くとするか」

「はい!」


 こうして二人で、礼瀬家から外へと出る。

 向かった先は、深珠区の中心街にある商業区画だった。様々な店舗が並んでいる。路には馬車や人力車、時には非常に珍しい自動車が走っている。少し先には、時生は見た事が無いが、線路があると聞いた事があった。


 時生は生まれた時からこの土地で暮らしているのだが、ほとんど高圓寺家から外に出たことがなかったので、なにもかもが珍しい。


「偲様」

「うん?」

「なにを買いに行くんですか?」

「ああ、呉服屋に行こうと思ってな」


 時生は納得した。確かに衣替えの季節……としては、少し遅いほどだが、冬の支度は必要だ。路を熟知している様子の偲の隣を歩いていくと、人の波が多くなり、皆が忙しなく歩いている中に紛れるかたちとなる。はぐれないようにと気をつけていた時、偲がある店の前で立ち止まった。


「ここが、礼瀬の家が懇意にしている呉服屋なんだ」


 偲はそう言うと、戸を開けて中へと入った。その後ろに時生が続く。


「いらっしゃいませ。おや、これは礼瀬様。どうぞ奥へ」


 すると中にいた店の主人が笑顔を浮かべた。偲が小さく首を振る。


「まずは店の中を見せて欲しい」

「ええ、ええ、構いませんよ。本日は、どのような品をお求めですか?」

「こちらの時生に、合う服をと考えていてな」

「そうでございますか。時生様のご年齢ですと、右の窓際の列は、帝都で人気の男性向けの着物を並べてありますよ」

「そうか、感謝する」


 偲はそう言うと真っ直ぐにそちらへと向かう。




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