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第6話 泊まり込みの仕事



 依織に泊まり込みの仕事が入ったのは、十二月二十日の事だった。巨大な隕石を、依織が手がけた探知システムが捕捉したからである。


「クリスマスイブまでには帰りたいよなぁ」


 ジョ・ルゥの声に、無表情で依織が頷いた。一応予定では、二十三日には帰宅できる事になっているが、それまでは仮眠室生活だ。二十二日に、最悪の場合は飛行戦略艇で『ウ』から軍人が離陸して、撃ち落とすと決まっている。最善の場合は回避、次点でよいのは、コロニーからのミサイルで爆破、最終手段が飛行戦略艇による爆撃である。


「依織はやっぱり新婚さんだし、初めてのクリスマスに相手を一人にするのは寂しいもんな?」

「うん。ケータリングでシェフを呼んでるから、無駄にしたくないしね。あいつ一人じゃ食べられない量だし」

「へぇ。旦那さんだったよな? 専業主夫の」

「うん」

「料理しないのか?」

「下手なんだよ……」


 疲れた心地で返答しつつ、依織は両目を細くした。指先は動かしたままで、仕事は続けている。


「あー、ご愁傷様」

「……でも」

「うん」

「悪い奴じゃないんだよね」


 その時、無意識に呟いた。依織は口にしてから、自分の考えに気がついた。


 これは事実だ。降矢は素直で優しいし、お人よしのようなところがある。最初に出会った時こそきちんと自分の意見を言うと感じたが、今ではそれはなりを潜め、流されやすい部分もあるようだとさえ思う。ただそれらの根底には、優しい性格があるのだとよく分かる。決して悪い人柄だとは感じない。


「へぇ? 依織がそんな評価するって、かなりいい人なんじゃないのか? お前、厳しいし」

「そう?」

「おう。真面目に厳しい。前に告白してきたアマゾネス系の女の子の事とか『見た目が好みじゃないから生理的に無理』とかって、酷い断り方してたし」

「事実を告げて何が悪いの?」

「……うーん」

「それに僕は、上辺はいいと思うんだけど?」

「どこがだ? それ、誰の評価だ?」

「上司とか。エインズワース中将なんて僕のこと、常々そう評価してるよ?」

「あー、それはなぁ。確かになぁ。仕事の上では、穏やかだよな。でも、俺みたいに付き合いが長いと、お前の性格の悪さは透けて見えるけど」

「そろそろ黙ろうか?」

「ごめん」


 そんなやりとりをしつつ、二人で夜まで仕事をした。依織の研究・開発班は、二人一組でそのペアごとに時間制で仕事をしている。ただ依織とジョ・ルゥは開発責任者と副責任者なので、仮眠時間以外は、この探索フロアに詰めっぱなしだ。


 三時間ほど許された仮眠を終えて、シャワーを軽く浴びてから、すぐにまた仕事に戻る。深夜三時に通路に出た依織は、ディスペンサーで珈琲を購入してから、通信端末を白衣のポケットから取り出した。そして操作し、メッセージアプリを起動する。


 そこには、降矢からの連絡があって、労いの言葉と『無理するなよ』という一文があった。やはり、優しい。簡単に返事をしてから、珈琲を一口飲んで、依織は探索フロアへと戻った。


 プライベートで気遣われるようなメッセージがくると、ほんのりと胸が温かくなる。

 久方ぶりに、依織はその感覚に浸っていた。


 ――結局、予定通りに二十二日に爆撃による破壊には成功したのだが、残処理のせいで、依織が帰宅できたのは、二十四日の夜だった。現在は、二十三時五十九分である。もうケータリングのシェフは帰っている時間だし、降矢も寝ているだろうと思いながら、依織はエントランスを通り抜けた。


 するとリビングには灯りがついていて、満面の笑みで降矢が出迎えた。驚いて目を丸くした依織は、正面から降矢が抱きしめられた。


「おかえり、依織。メリークリスマス」

「……うん」


 降矢の腕に触れた依織は、その温もりに微笑した。これが、家庭を持つという事なんだと、漠然と考える。


「ちょっと遅いけど、お祝いしよう? な?」

「そうだね。すごく疲れてるけど」

「あ……眠るか? わ、悪い」

「ううん。僕も降矢とお祝いしたいよ。まだ寝ない」


 これは依織の本心だった。それから二人で、リビングのソファにそろって座り、シャンパンのコルクを抜く。既に冷めている料理が、テーブルの上には並んでいた。


「これ」


 降矢はそういうと、小さな袋を依織に渡した。リボンがついていて、クリスマスらしいシールが貼られている。


「ごめん。まっすぐ帰ってきたから、僕はプレゼントを用意してないんだよ」

「依織がいてくれるだけで、俺にはプレゼントだ」

「……ありがとう。開けていい?」

「おう」


 その場で依織が開封すると、中からは腕時計が出てきた。文字盤に、奇妙な形の数字が描かれている。個性的なデザインのその時計は、古くから地球で販売されていたモデルらしい。


「ありがとう、降矢」

「地球ではさ、時計を贈るっていうのは、見る度に自分を思い出してほしいからだって父さんに聞いた事があるんだ。依織も仕事、大変だと思うけど、そういう時にこれを見て、俺を思い出してくれたらいいなって考えたんだ」


 照れくさそうに、降矢が目を細めて笑っている。その優しそうな声音に、胸が疼いた依織は、自分まで赤面してしまいそうになった。


「うん。分かったよ。降矢って結構、独占欲強め?」


 依織が冗談めかして問いかけると、降矢が小さく頷き吐息した。


「かもな。恋をしたのが初めてだから、よく分からない」

「恋も初めてなの?」


 驚いて依織は、まじまじと降矢を見る。


「――ああ。なんというか、依織と出会うまでは、俺は人生にそういう余裕が無かったんだよ」

「そうなの?」

「ああ。だから依織と出会えて、俺は『ウ』にいる今が幸せなんだ」

「なんだか『ウ』以外にもいた事があるみたいな話しぶりだね」

「そっか? どうだろうな? どう思う?」


 降矢が首を傾げて、じっと依織の顔を覗き込んだ。


「その冗談は面白くないかな。コロニー間移動も地球との移動も、原則無理だもん」

「まぁ……そうだな」


 すると降矢が、片手で依織の肩を抱き寄せた。


「一応、『トラ』からは、テスト的に『ウ』に宇宙艦が出発して五年経つらしいけどね。来年着艦するとはいうけど、無事に到着するかもまだ怪しいしさぁ」


 そう言って依織はクスクスと笑う。


「地球からなんてそれ以上に大変な道のりだしね」


 確かにこの『ウ』は、地球に最も近いコロニーであり、先日は宇宙艦サトウも着艦した。だがそれにも光宙域移動を駆使して、三十年もの時間を要した。


 いまどき、地球からわざわざコロニーへ来たいという希望者は少ない。宇宙航行には隕石をはじめとした危険の方が多いからだ。まだ地球にいる方がマシらしい。だから地球系人類はどこのコロニーからも減少していく。


 数少ない乗組員達は、基本的に宇宙航行による人体への影響についての研究対象――いわゆる人体実験の被験者ばかりで、多くの場合は司法取引した死刑囚や無期懲役囚、及びその家族や子孫と決まっている。名目上は、彼らは地球防衛軍の軍人という扱いだが、現実は『死んでも構わないサンプル』だ。


 そのため着艦したサトウについても、『ウ』では大騒ぎなのだといえる。


 犯罪者の受け入れ、その末裔の受け入れは、いまだに反感を買う。罪を一度でも犯した者への世間の風当たりは強く、その関係者への偏見も根強い。


「降矢も分かってるでしょう? 死んでも構わない人間以外は、今じゃ地球側もさぁ、宇宙に行かせたりしないじゃないか」

「……そうだな。まぁ、そうなるよな」

「うん。隕石やデブリの脅威もあるし、何百年経っても長期間の宇宙航行、特に光宙域移動の人体影響は研究資料が少ないから……移動するだけでも、何があるかも正確にすべては分かっていないしね」


 依織はつらつらとそう口にしてから、テーブルの上のシーザーサラダを見た。これはシェフの手作りではなさそうだ。レトルトは嫌だと思っていたが、残念な事に、降矢の料理よりもずっと美味しそうだった。





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