休み時間の度にコウくんと美咲さんの仲の良い姿を目撃して、だんだん自分の中に違う感情が湧き始めてくる。
悲しい。寂しい。苦しい。それと共に湧き出てきたもう一つの感情。
「…コウくん。話があるの。夕方、コウくんの教室で会えるかな…」
たぶんそれは、怒りだったんだと思う。
テストが終わってすぐにかけたコウくんへの電話で、一言だけそう呟いてブチッと切る。
その時に何を話すのかなんて全く考えてなんかいなかった。
だからきっと、こんな風になっちゃったんだ。
「ねえ…コウくん。美咲さんに興味を持ってる理由を教えて」
「……。」
「どうして…?どうして何も言ってくれないの?!」
「…黙れよ」
こんなに、感情的になって怒りをぶつけたのは初めてだった。
体全身が震えるくらい、理性じゃなく感情だけで叫んでる。
どうしてコウくんは私と付き合っているのに美咲さんの所へ行くの?
どうしてコウくんは私よりも美咲さんと一緒にいるの?
「コウくんは!いつも…勝手過ぎるよ」
私、何も聞いてないんだよ?美咲さんにどうして興味を持ってるのか。どうして親しそうなのか。
恋愛感情じゃないって言われたことがあっても、何も話してくれなかったら意味なんてない。
「私のことは!どうでもいいの?!ねえ、コウくんちゃんと…」
私のことは、本当は好きじゃないんじゃないかって…不安になるんだよ。
本当に必要とされてるのかも、大事に思われてるのかも、わからないんだよ。
だから…だから…!
「…叫ぶためだけに呼び出してんじゃねェよ。じゃあな」
好きだって、言ってほしいだけなんだよ。
ただただ、それだけなんだよ。
なのに、私の欲してる言葉は何一つもらえないまま話が終わってしまう。
コウくんの方から無理やり話を終わらせて出ていこうとする。
その姿を見た瞬間、どうしても抑えられなくなって大声で叫んでしまった。
「コウくんのバカ!もう嫌いだよ!」
心にもない言葉を、怒りの感情だけに任せて叫んでしまっていた。
訂正したくても胸のムカムカが邪魔をして次の言葉が出てこない。
止めどなく溢れ出す涙を腕で拭いながら、嗚咽を止めようと必死に力を入れたその時…
「あっそ」
「…ッ、え…?」
出ていこうとしてたコウくんが、何故か目の前に戻ってきてくれた。
顔を上げてコウくんの目を見た瞬間ニヤッと嬉しそうな顔で微笑まれる。
どうして…コウくんは笑ってるの?
私は今、嫌いって言ったんだよ?悲しくないの?
色んな疑問が出てきた時、またコウくんは楽しんでいるだけなんだとも思った。
私は…私は真剣に話をしているのに。
机の上へだらしなく腰掛けるコウくんに、もう一度あの言葉を叫んでみる。
「コ、コウくんなんてもう嫌いなんだよ!」
「それで?」
「だ、だから…美咲さんの所へ行っちゃえばいいんだよ!」
「だから…?お前が言いたいことはそれか?」
「ッ…」
感情的に叫んでいるはずなのに、何でコウくんはわかっちゃうんだろう。
私が言いたいことは、そんなことじゃない。
本当は、本当は…
「…好きって、言ってほしい、の…」
私のことが誰よりも好きって言ってほしい。
どんなことがあっても、私が一番だって、私が必要だって、言ってほしいんだよ。
じゃないと、不安で不安で仕方ないんだよ。
「コウくんは…今まで一度も、好きだって言ってくれたことなんかなかった…」
この不安で仕方ない理由は、コウくんが意地悪をしてくるからじゃない。
そんなことはちゃんとわかっていた。
黙ったまま私の話を聞いてくれるコウくんに、もう一度ゆっくりと視線を向ける。
さっきとは違う真剣な表情で、コウくんも私に視線を向けてくれていた。
その顔を見た瞬間、自分の中の不安をぶつけても、コウくんは受け入れてくれるんじゃないかと思った。
「わ、私は…普通じゃないから!ずっとずっと…人に受け入れてなんかもらえなかった!」
「……。」
「だ、だから…好かれる自信なんて、全然ないの。人にも、付き合ってくれてるコウくんにだって…」
言葉が欲しくて堪らなかった。
たった一言の、好きだって言葉が欲しくて堪らなかった。
「不安なんだよ。好かれることがほとんど無かった分、好いてもらえてるのか不安でいっぱいなんだよ…」
ポロポロと溢れ出す涙を気にも留めずにコウくんだけを見て呟く。
コウくんは黙ったまま俯いていて、どう感じているのかはわからなかった。
『わ、私は…普通じゃないから!』
そう叫んでる雪乃ちゃんの後姿は、俺には何故か大きく見えた。
自分のことを恥ずかしがることもなく大声で伝えてる雪乃ちゃんがカッコいいとも思った。
心は男で、体は女で、変だってことを隠してた自分が、途端に恥ずかしくなった。
『普通じゃないから!ずっとずっと人に受け入れてなんかもらえなかった!』
心の奥底で、本当は気付いていた。
抱いた女の顔すら覚えられない自分が、普通じゃねェってことも。
母親どころか誰にも受け入れられてねェってことも。
それでもひたすら否定して逃げることしか出来なかった。
そんな自分が…情けなくなった。
「ようー!雪乃ちゃんにコウじゃん、何やってんのー?」
「…!」
「池中、くん…?」
「あはは!白々しいなあ、ほとんど聞いてたくせに」
「美咲っち何でバラしてんの?!」
突然教室の中に入ってきた美咲さんと池中くんに、私とコウくんが大きく目を見開く。
理性無く叫んでた自分が恥ずかしくなって、ジワジワと顔に熱が帯び始めた。
「好きだってくらい言ってやれよなー。雪乃ちゃん可哀想ー」
「……。」
「あ、逃げてんじゃねェよ!」
「そーだ、今から4人でカラオケ行かない?」
「美咲っち明日もテストだって自覚あんの?」
「あはは!ないねー。じゃあご飯ならどう?ねえ雪乃ちゃん!」
「あ!は、はい!よろしくお願いします」
先に帰ろうとするコウくんを追って3人とも駆け足で会話をする。
やっと追いついた頃には学校の校門で、池中くんと美咲さんが無理やりコウくんの腕を引っ張ってご飯を食べに行くことになった。
歩くにつれて先へ先へと話しながら進んでいく池中くんと美咲さん。
それに観念したコウくんが、2人の腕を振り払ってゆっくりと私と並んで歩く形になった。
不機嫌そうに眉を顰めてるコウくんをチラッと見てから視線を下ろす。
また、好きだって言ってもらえなかった。そう心の中で呟いた瞬間…
「…!う…ふぅ…」
思い切り、腕を引っ張られた刹那に口を塞がれる。
キスされたことに気付いた時には、呼吸が荒くなっていて足に力が入らなかった。
2人が前にいる空間。羞恥心が脳を支配するよりも早く、コウくんの舌に私の舌が絡めとられる。
「ッ…は、ぁ…コウ、く…?」
「……。」
やっと離してもらえた直後、前にいた2人が振り返って話題を振ってくる。
その会話に笑顔で返すことは出来なかった。頭の中は今コウくんがした行為でいっぱいだったから。
まるで…さっきの返事をするみたいに、好きだって…言われたような気がした。
赤面し出す私とは違って、何も無かったかのように平然としているコウくん。
でもさっきよりも機嫌が治っているように見えるのは…気のせい、かな。
一切言葉で伝えようとせずに時々こうやって行動で表わしてくれる。
コウくんにも、言葉で表わしたくない理由が何かあるのかもしれないと、この時ふと思った。
第3話『違う土で育った彼らは』
「あ、言い忘れてた。私本当は男なんだよね、あはは」
「は?!」
「え!美咲さんすごい!両方似合うね!」
「…。俺は雪乃ちゃんの反応がすごいと思う」
「…美咲」
「ごめんコウ。背負い投げはやめて」