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No.16 第3話『違う土で育った彼らは』- 7



小さく小さく、誰の耳にも入らないような小さな声でこの場にいない母親に問い質す。

幼い俺と弟を関わらせないように、母親は弟を部屋に閉じ込めていた。


どんなに弟が泣き叫ぼうと出せと喚こうと、一切外へ出そうとはしなかった。

俺に会わせないように、俺を見ないようにさせるためだけに…


母親は、弟が俺に壊されるのを恐れてた。

弟が俺みたいになるのを恐れてた。


弟じゃなく、俺を閉じ込めようとしなかったのは、俺に関わりたくなかったからだろ?

どんなに口では大事だと言ってのけても、愛してると言ってのけても、何の意味もねェんだよ。


本心を隠せてると思ってんのか?

そんな震えた手で、そんな怯えた目で、そんな嫌悪した表情で…


母親の行動で学んだことはたった1つ。

言葉ほど、無駄なものなんてこの世にはない。


本心を偽り、相手を惑わす。

相手がどう思ってるのか、どう感じてるのか、何を考えてるのか…そんなことは目と耳さえあれば大方理解出来る。


わからない奴は、バカな奴だけ…


「ッ……」


落ち着いてきた脳で、衝動をもう一度抑え込む。

それと同時に拳の痛みが神経を伝って脳に信号を送り始めた。


「わっ…コウ!何やってんだよ!」

「……。」


後ろから追ってきた美咲が流血した拳を見て驚愕する。

その声を聞きながら立ち去ろうとした瞬間、ガシッと何かに抱きつかれた。


細い女の両腕に後ろから羽交い締めにされて眉間に皺が寄っていく。


「俺が言おうとしてることわかってるよな?!」

「……。」


保健室だろ、男女…。

そう心の中で後ろの奴に悪態をついてから、思い切り背負い投げで廊下へ叩きつける。


叫び声をあげる美咲を無視したまま、血を流すために食堂の手洗い場へと足を進めた。






『そ、それで…あの…』

『何の話してんの?雪乃ちゃん』

『へ…?』

『俺、雪乃ちゃんに…告白なんかしたっけ?』


夢の中で、昨日池中くんとした会話が出てきた。

その会話の中でほっとした瞬間、鳥のチュンチュンって鳴き声が耳へと響いてきて目を覚ます。


ぐぐぐっと両腕を真上に伸ばして、夢に出てきた昨日の出来事について小さく呟いた。


「池中くんが優しくて良かった…」


告白をしてくれた池中くんに向かって、真剣に拒否することが怖かった。

私みたいな人間を好きだと言ってくれた池中くんには感謝の気持ちでいっぱいだった。


ありがとう。元気づけてくれてありがとう。好きだって言ってくれてありがとう。

そんな気持ちにさせてくれたのに、私が言おうとしたことは池中くんにとって悲しいこと以外の何ものでもない。


池中くんとは付き合えない。ごめんなさい。私はコウくんが好きです。

そんな私の断りの言葉で、池中くんを傷づけてしまうことが怖くて仕方なかった。


悲しませてしまうことが、苦しくて苦しくてどうしようもなかった。でも…


『雪乃ちゃんの妄想だったんじゃね?俺そんなこと言った覚えないし』


そんな私を見て池中くんは自分から突き放してくれた。


もしかしたら、本当に私のことは好きじゃなかったのかもしれない。

それでもあの時私を元気づけてくれた事実は変わらない。


池中くんに優しくしてもらった事実は、何も変わらないんだ。

ほらだって、今でも私は救われてる。


傷つける言葉を言わずに済んだこと。

池中くんから笑って言ってくれたこと。

私を好きだって、嘘かもしれなくても言ってくれたこと。


池中くんのしてくれたこと全部に、私は今も励まされてる。

苦痛で仕方ない、家の中にいる今でも…


「ッ…」


ゾクッと、家の中にいることを思い出して寒気がした。


ちゃんと私は存在出来ているのか。息をして、心臓が動いているのか。

不安で手が震え始めたのを感じて、真っ先にスマホの方へ手を伸ばす。


「コウ、くん…!」


お願い。私がここにいるんだって感じさせて。私はちゃんとここにいるんだって、安心させて…

そう強く強く願った瞬間、コール音が途切れて誰よりも愛しい人へと繋がった。


「あ…コ、コウくん。もう7時だよ」

「……。」


話しかけた声に返ってくるのは、コウくん特有の沈黙。

それでも今は返事が欲しくていつもよりしつこく話しかける。


「む、迎えに行ってもいい、かな…」

「…無理。美咲と約束してる」

「ッ…」


聞きたくて聞きたくて仕方なかったはずの声に、心を深く傷つけられる。

その後すぐに通話が途切れたスマホを握りしめながら、ぼーっと目の前だけを見つめた。


コウくんは…美咲さんのことは好きじゃないって言ってくれた。

でも興味はあるとも言ってた。


わからない。わからないよ。

コウくんが本当に、私を好きでいてくれているのか。


バッと勢い良くベッドから立ち上がり、部屋の扉を開けて洗面所へと走る。

涙が落ちてしまう前に蛇口を捻って顔を洗い流したかった。けどその願いは叶うことなく終わってしまう。


「…!!あ、の…」


私の目の前を、血の繋っていない兄弟が通り過ぎる。

まるで私の声は聞こえてないかのように、ただただ何も無かったかのように通り過ぎる。


「…お、はよう…ございます。お兄様…」


私の存在は、一切兄弟達の視界には入らない。

私だけが、彼らの世界に存在しない。


「あ…使われて、ましたか?私はもう…大丈夫なので」


邪魔にならないように避けながら洗面所の扉を開ける。

その動作にさえも、眉一つ動かさず反応を示してこなかった。


どうしてこんなにも、存在させてもらえないんだろう。


私がみんなとは容姿が違うから?

私が兄弟どころかお母様やお父様とまで血が繋がっていないから?

私がどの兄弟よりも後継ぎとして教育されているから?


私が…


「普通じゃないから…?」


バタンと扉を閉めて、本当に1人になった廊下で呟く。

口に出してみても今まで悩んできたことの答えが見つかることは無かった。


コウくんに会いたい。コウくんの声が聞きたい。

無性にそんな欲求が強くなって学校へ歩くスピードが速くなる。


私が今抱いてる不安を打ち消してほしい。

きっとこの不安はコウくんの言葉一つで解消される。


それなのに、私がその日学校に着いて目にしたのは…


「コウ、くん…」


コウくんが、美咲さんの腕を引っ張って屋上へ行く姿だった。

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