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No.15 第3話『違う土で育った彼らは』- 6



朝、あいつからの電話でいつも通り目を覚ました。


ブルブル震えるスマホのディスプレイを見なくても容易にわかる相手。

相手どころか、何の目的で電話をかけてきてるのかさえわかる。


このモーニングコールが始まった頃は電話に出ようとも思わなかった。

けど最近になっては…スマホを耳に当てて黙ったままボタンを押すくらいはしてやるようになった。


「……。」

「あ…コ、コウくん。もう7時だよ」

「……。」


弱々しい声。ビクビク震えてる姿を想像させるような音量。

俺の耳を伝って脳に信号を送ってくる。あいつの声一つで、俺の脳が覚醒し始める。


泣かせたい。俺の手で。めちゃくちゃに。

そう思った時には重かった両瞼は自然と上がっていた。


「む、迎えに行ってもいい、かな…」

「…無理。美咲と約束してる」

「ッ…」


俺の返事一つであいつは俺の求めていた反応を返してくる。

電話越しでも想像出来るあいつの表情にゾクゾクと身震いしながら、ソファから上半身を起こした。


まだわかんねェのかよ。いい加減騙されんのにも慣れろよな。

そう思うのと同時に自然と上がっていく俺の口角。一瞬で満たされていく俺の欲求。


あいつがバカで心底良かった。

一ヶ月前に美咲との関係を嘘だとバラしたにも関わらず、あいつは今でも美咲のことを口にすれば反応を示す。


まだ美咲の存在は使える。あいつのあの表情を引きだすのに一番有効な手段。

心は男だという事実を美咲に口止めしておけば、いくらでもあいつはバカみたいに反応してくれる。


「昨日の昼、美咲と飯食ってて思ったんだよな」

「…え?」


俺達相性良さそうだなって。


そう低く呟いた後、一方的に通話を切って机へと置く。

ソファから立ち上がって出てきた第一声は歪んだ笑い声だった。


あいつと学校で会う時が楽しみで堪らない。

早く会いたい。早く見たい。早くこの手で泣かせたい。


止まらないあいつへの欲求が、登校する準備に行動を移させた。

10分程度で準備を済ませた後、そのままの足で部屋の扉を蹴り開ける。

バンッと響いた音とは別に、女の怖がる声が耳に入ってきた。


「…コウ。起きて、たのね」

「……。」


怯えた眼差しで俺を見つめてくる母親。それを無視して隣を通り過ぎる。

玄関へ歩く俺の後ろ姿を見て、恐る恐る声をかけてくる母親にイライラした。


「さ、最近…全然コウと話せてないから…心配なの」

「……。」

「ねえ、母さんは…コウとユウ。どちらも…」


大事に思ってるのよ。


そう母親が言った瞬間、俺の目の前が真っ赤に染まった。

いつもの衝動。破壊欲求が最高潮になった瞬間。その時は決まってこの現象が起こる。


目の前に存在する物全てを壊すまでこの欲求は止まらない。

壊して壊して粉々になるまで…止まらないはずだった。


「…コ、コウ?」

「……。」


生まれた頃から変わりなく存在する欲求のはずだった。

それが何故か、今では自制が効くほど治まるようになっていた。


「ど、どうかしたの?…あ!コウ!」


母親に返事をすることなく扉を勢い良く閉めて出て行く。

学校への道を歩きながら思うことは衝動を抑えられた事実についてと、あいつのことだった。


物を壊す衝動に多少自制が効くようになったのは、あいつと付き合い始めてからだってことは自分でも気付いてた。


俺が何かを壊している時、あいつは怯えながらも必ずと言っていいほど止めに入ってくる。

あいつ以外に暴力を振るいそうになった時は、自分の体を張ってでもあいつが止めに入ってくる。

その影響以外に、考えられる要因は見つからなかった。


「…こんな早くから出てくとか珍しいこともあんだねェ」

「…!」


後ろから聞こえた声に反応して振り返る。

そこにいたのは、今さっきまではいなかったはずの…


「兄貴もやっとまともになったんだ」


俺と似ても似つかねェ弟だった。


久しぶりに見た弟の姿に舌打ちをしながら返事はせずに足を進める。

中学で朝練でもあんのか、指定ジャージで自転車を押しながら俺の後ろをついてきていた。


「兄貴すごいじゃん、さっき物壊してなかったろ?」

「うるせェ黙ってろ」

「何で何で?スポーツでも始めた?半年前とかに比べたらすごく落ち着いたし」

「……。」

「俺みたいに普通になったらさ、母さんだって……ッ!」


思い切り、弟の胸倉を掴んで引き寄せる。

ガシャンッと音を響かせた後、カラカラとタイヤが回る自転車に蹴りを入れてから掴んでいた手を離してやった。


地面に尻餅をついた弟の目線へ屈んで、一言だけ呟く。


「また閉じ込められたいのか…?」

「……!」


目を見開いて驚く弟を横目に、そのままその場を立ち去る。

俺がああ言えば、弟は俺へ関わろうとするのをやめる。それをわかっていて言い放ったはずだった。

なのに…


「…俺は!兄貴のこと怖いとか!そんな風に思ったことは一度もねェよ!」

「……。」


遠くから叫ばれた言葉に今度はこっちが驚かされる。

一瞬立ち止まりそうになった足を無理やり突き動かして、振り返ることなく学校へと向かった。


学校に行ってからやることは、あいつで遊ぶこと以外に何もない。

あいつが俺のところへ来る時間帯に合わせて、美咲を連れて屋上へ向かう。


わざとあいつの視界に入るように、絶妙なタイミングで…その後にすることはひたすら美咲の話を無視する作業。


昨日テレビでやってたレスリングは観たかどうか。野球は観たかどうか。

そんな話を耳にしながら考えることは今朝あった出来事についてだった。


『母さんは…コウとユウ。どちらも…大事に思ってるのよ』


母親の放った言葉を思い出したのと同時に、また目の前に異変が起こる。

この場で壊し始める前に立ち上がり、屋上の扉を蹴り飛ばして中へ入った。


驚いた声を発する美咲を無視したまま廊下を歩き続けた後、誰もいない場所で壁を殴りつける。


『…コウ。お母さんは…コウのこと、愛してるのよ』


幼少の時に母親から言われた言葉。それに対して今さら心の中で言い返す。


じゃあ何で…俺に触れようとするその手は震えてるんだよ。

俺のことを見てくるその目は怯えてるんだよ。


じゃあ何で……


「ユウを、閉じ込めたんだよ」

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