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No.13 第3話『違う土で育った彼らは』- 4



「哲…!昨日ぶりー!また会いに来ちゃったー」


一切記憶にない女が俺の胸へ飛び込んでくる。

たぶん、女が言ってることが事実で俺が完全に忘れてるだけ。


普段なら性欲処理に使える道具でも今は面倒臭い以外の何ものでもない。


「ねえ、哲。今からしない…?」

「……あんた」


誰…?


今思っていたことをその通りの言葉で相手へ伝える。

そしたら思った通りの反応が女から返ってきた。


「はあ?!何それ!冗談でしょ?あり得ない!」


自分のことだけは特別だって思うその自信。

一体それはどこから湧いてくるんだよ。


今俺がやってることを、今までお前は何人の男にやってきた…?


「最ッ低だよ。哲ってそういう奴だったの?私のこと本気だって言ったのは全部嘘なわけ?!」


ああ、そうだよ。お前もそうなんだろ?

わからないとでも思ってんのか?お前がさっきまでどこにいたのか。


「そんなこと言ったっけ。つーか、もう帰ってくんね?俺今忙しいから」

「ッ…」


悔しそうに顔を顰めた女が、振り返ってドアノブに手を伸ばす。

他の女がやる通りでかい音を立ててドアを閉めて出ていくだけだと思っていた。なのに…


「…あんた、普通じゃないよ」


最後に呟かれた一言を耳にした瞬間、俺の中の何かが音をたてて壊れた。


扉を開けて出ていこうとする女の髪を掴んで勢い良く引っ張る。

驚く声を発する女の耳元で小さく、それでもはっきりと聞こえるように呟いてやった。


「他の男の香水プンプンさせながら別の男の部屋に来てるお前は普通か?」

「…!」

「俺は今週で何人目?二桁目か?普通の人がやることは違うねー」

「な…!離して!」

「お前も俺も、最低のクズ同士」


それが普通だろ?


低く低く、そう呟いた後に扉を開けて女を外へ投げ出す。

さっきよりも悔しそうにしてる女が、今度は心の底から面白いと感じられた。


女は醜くて面白い。男は浅はかで面白い。


また声を殺して笑いながら登校の準備に戻る。

後ろを振り返らずに閉めた扉からは、しばらく女の怒声が聞こえていた。




「よう、コウ!俺がいなくて寂しかったか?」

「死ねよ」

「うーわ、朝から容赦ねェなおい」

「…お前の朝は夕方か?」

「そうとも言う。なあなあ雪乃ちゃんは?雪乃ちゃんはいずこ?」

「……。」


最後の6限目だけを受けに来た俺の挨拶に、コウが眉間に皺を寄せながら返す。

相変わらずの不機嫌モード。強烈な返し。


でも雪乃ちゃんの名前を出せば決まって黙りこむ。

その反応が面白過ぎて、からかうために雪乃ちゃんの話題を繰り返してきた。


入学した当初から普通っぽくないコウは、俺にとってすっげェ面白い存在だった。

その存在をからかうために必要な道具。それが転校してきたのは今から約一ヶ月前のこと。


コウを追ってわざわざお嬢様学校からこの学校に転校してきた女。

そんな噂が流れた時は正直爆笑した。誰が作ったネタだよそれって。


それでもからかえるくらいの効果はあるかなと思って、一度だけコウに名前を言ってみた時だった。


「蓮見雪乃って可愛い子が転校してきたらしくってさー。コウ一緒に見に行かね?」

「……。」


大当たりだった。


いつもならウザいとか死ねとか話かけんなとか、そういう系の返事がくんのにその時だけは違った。

もう完全なる無視。聞こえてねェって感じに黙り込んでその場から去っていく。


マジで最高。俺の玩具が2つになった瞬間。

その日は抑えてたはずの笑いが口から漏れて、周りに可笑しい奴って目で見られてた。


それから数日後、美咲っちが転校してきた。

もうその時は今までよりも最高だった。


コウの反応がいつもとは違う。

嬉しそうで、楽しくて仕方ないって表情で2人に接していた。


俺の目の前で雪乃ちゃんを傷つけて美咲っちと教室から出ていく。

その姿を見た俺は、何でコウが嬉しそうで楽しそうなのかに気付いてしまった。


コウは、自分の手で雪乃ちゃんを傷つけて楽しんでいる。


雪乃ちゃんの隣を通り過ぎて、美咲っちの手を引いたあの瞬間、コウは雪乃ちゃんの後ろ姿を愛しそうな目で見ていた。


「…歪んでるねェ」


机に立て肘をして顔を手に乗せながら呟く。

コウ達の行動を傍観していた俺の顔は間違いなく笑っていた。


わざわざ自分からチャンスを作ってきたコウに心の中で笑いながら、雪乃ちゃんの落としたパンを拾いに行く。


「…あーあ、せっかく買ってきたんだから落としちゃダメっしょ雪乃ちゃん」


女は単純で、自分が一番可愛い。


「これ全部食える?俺でも無理な数…」

「ふ、ううッ…ごめ、ね」


ほんの少し傷ついただけで、優しくしてくれた奴に乗り換える。

私は被害者よ!可哀想なのよ!ってな。


食いきれないパンを一緒に食べるためにわざとコウの席へと座りこむ。


「あいつのどこが良いの?」

「え、あ…の、一人の時に…声をかけてくれる、所」


うーわ、それで好きだって言ってんのか?バカ過ぎじゃね?さすが女って感じ。こりゃ落ちるの一瞬だな。

そう心の中で悪態をつきながら、笑顔で次の台詞を吐き捨てる。


「あ!じゃあさ、俺のことも好きになる?」

「へ…?」

「俺、雪乃ちゃんが1人で悲しんでる時に話しかけてんじゃん?俺のこと好きになるのもアリじゃね?」


こういう奴は直球が一番効く。

簡単に好きだって言ってのけるだけで舞い上がる。


理由なんかは浅くっても気にしないバカ女。

適当に前から気になってたとか容姿を褒めとけば楽勝。


「正直言うとさー、雪乃ちゃん俺の好みど真ん中でさー。俺のこと好きになってよ」

「…!」


ほらな、すぐに断る言葉は返って来ねェ。

コウがダメになった時用のストックにしようとか考えてんだろ?


「え、何?誘ってる?OKってこと?」

「ち、違います!」


はいはい、誰でも最初はそう言うんだよ。コウと上手くいく可能性が残ってる今はな。

純粋ぶって一途ぶって、捨てられた時は可哀想でしょ?って泣きついてくる。


その証拠にさっきまでコウにされたことは忘れたみたいに、俺の嘘で舞い上がってる。


「ほら…、俺が良い男の証拠」

「え…?」

「今、泣いてないじゃん。雪乃ちゃん笑ってる」


自分に構ってくれる男なら誰でも良いって言ってる証拠。


なんだ、やっぱ雪乃ちゃんも普通の人間じゃん。

普通じゃないコウは何で雪乃ちゃんに惚れたんだろうな。


あとはこれだけ言っとけば洗脳は完了。


「考えといて、真剣に。俺結構マジだから」


真剣に好きだとか返事はいつでも良いとか、そう言っとくだけで女はすぐに落ちてくる。

彼氏に不満が出た時、捨てられた時、ほんの少し傷ついた時、迷いなく俺の扉を叩きに来る。


都合良く利用しに来る。

自分が利用されてる側だってことは気付かずに…


あとはコウが雪乃ちゃんを傷つける時を待つだけ。

俺の方に来た雪乃ちゃんを見てコウはどう感じるかが楽しみ。


頼むから、普通の反応はすんなよコウ。

雪乃ちゃんが俺のとこに来た時は、ボロボロに傷つけて捨ててやるから。

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