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No.12 第3話『違う土で育った彼らは』- 3



コウと雪乃ちゃんの喧嘩を目撃する1日前。

雲一つない真っ暗な空に星がいっぱい輝いていた。

それを見上げながら上半身は裸のままベランダで煙草を咥える。


あ…今日満月じゃんラッキー。得した気分。

そんな風に適当に考えながら欠伸をした時だった。


「…ねえ、哲。もっかいしよ?」


後ろから伸びてきた女の両腕が俺の首に絡みつく。


わざと背中へ当たるように押しつけてくる胸。

わざと高くして誘ってくる声。

わざと誘惑するために多くつけてる香水。


それ全部、自然にやってのけてるつもりか…?

ちょっとここまでいくと笑えてくる。


「だーめ。彼氏に怒られんじゃん。2回もヤッちゃったら」

「1回も2回も同じでしょ?どうせバレっこないよ」


おーおー本音が出たか。さっきまではダメとか嫌がる素振り見せてたのに。

えーっと、この子名前なんだっけ。愛ちゃん?綾ちゃん?亜優ちゃん?…まあいいや。


一向に思い出せない相手の名前は置いておいて、少し気になったことを聞くために後ろへ振り向く。

両腕をベランダの手すりにかけてもたれながら明るい笑顔で問いかけた。


「あのさ、俺以外にも浮気したことってある?」

「……え?どうして?そんなのないよ」

「……。」


あるね、これは完璧に。

一瞬遅れて返ってきた返事に思わず口角が上がる。


まあ逆に可愛いわ、こんだけわかりやすい子だったら…

ククッと俯いて笑ってから女をベランダに残して部屋へ戻る。


灰皿で煙草を消して服を着て、でっかい欠伸をしながら部屋を出て廊下を歩く。

ワンルームのマンション。その廊下が真っ直ぐ続く先はただ1つ。


「もう俺眠いし帰っていいよー」

「…?!」


俺の返事を聞いて下着姿の女が目を見開いて驚く。

やっとベランダから部屋の中へ戻ってきた女に、いつもの笑顔で追い打ちをかけた。


「ほら早く、急いで急いで!」

「な、によ…最低!」

「お互い様じゃね?最低なのは。人には良くて自分にひどいことされるのは嫌ってか?」

「ッ……覚えてなよ!痛いめ見せてやるから!」


バタンッと勢いの良い音を響かせて女が扉を閉めて出ていく。

急いで着た服は乱れきっていて、憤怒しまくりの表情も可笑しくって腹を抱えて笑いそうになった。


女が出ていくまで耐えた自分を褒め称えたくなる。


「…女って単純でおもしれー」


さっきまで行為を行っていたベッドに背中から倒れ込む。

それから呟いた言葉は、小さい頃からずっと思っていたことだった。


単純で我がままで、自分が一番で嫉妬だらけで、醜い生き物。

けどやめられない。男の俺には必要な道具。もちろん欲求を解消させるための道具。


性欲処理とか性欲処理とか性欲処理。うーわ、俺最低。

けど向こうもそういう生き物なんだから責められる義理はないだろ。


「あー、明日の女誰にしよ」


もっと面白い子いるかな…。


そんなことを考えながらゆっくりと眠りの中へ落ちていく。

そしてその夢の中で、誰かがこう呟いてた。


『あんた誰?』


『…知らない』


『この人が、今日からパパになるのよ』


最後の言葉を耳にした時にパチッと目が覚める。

ぼやーっとする頭で思った一言が今日の俺の第一声。


「今日からパパ…?今日のパパの間違いだろ」


小さく呟いたはずの声が誰もいないワンルームの壁に響き渡る。

夢の中で聞いた声は完全に母親のものだった。


ククッと、無意識に自分の口から笑いが漏れる。

確実に、俺は母親と血の繋がった息子だと思った。


毎日相手の異性が代わる性質。次の日には相手の名前どころか顔すら覚えていない。

毎日のように違う男が家にいる。物心ついた時からそんな環境にいた。


その男が母親と性行為を行う。小さい俺がいる部屋で毎日毎日。

それが嫌だとか気持ち悪いとか、そんな風に思ったことはなかった。


だって普通だろ。

俺の環境。俺の母親。俺の父親達。何が変なんだよ。


「うーわ、遅刻…」


携帯の時刻を見て苦笑いする。

目覚ましをかけ忘れた自分に大きなため息をついてから、急ぐわけでもなくゆっくりとベッドから立ち上がった。


洗面所で仕度をしながら思い出すことは夢で聞いた母親の声。

よく母親は電話をしている時にこう呟いていた。


『あんた誰…?知らない』


それと同じように、数日前まで家にいた男が外でたまたま俺と会った時にする反応はこうだった。


『あ…?お前なんか知らねェよ』


わざと知らないフリをしているんじゃない。

本当に俺のことなんて欠片も記憶に残してないような反応だった。


数日前までは親子みたいに笑って飯を食べてたのに。

3人で布団に入って、母親とは性行為をしていたのに。


何でだろうって不思議に思うことくらいはあった。けどそんなこともすぐに無くなった。


ああ、これが普通か。

俺が普通じゃないだけか。


この環境を受け入れて普通だと思えば全部上手くいく。

早く俺も普通になろう。早くしないとどんどん俺が普通じゃなくて変な奴になっていく。早くしないと…


「誰からも愛されない。普通じゃないと…」


口から出た心情は、小さい頃からどこかで悩んでいたことだった。


一般的な思考、一般的な行動、一般的な言動。

大多数の人の当てはまることが普通で、それに当てはまらない人間が変だって言われる。


幼い頃の俺は変だった。だから俺の母親は、俺を愛そうとはしなかった。今の俺は…


「俺は…普通、だよな」


曇った鏡を手で拭って、自分の姿を視界に映す。

鏡に映った自分の顔はいつもとは違い過ぎて気持ち悪かった。


ピンポーン、突然そんな機械音が部屋の中に響いてハッと我に返る。


あーヤバいヤバい。考えんのやめよ。マジで俺、根暗っぽいじゃん。

そう心の中で呟いてからバッと持っていたタオルを投げ捨てて玄関の方へ向かう。


相手が誰かを確認する前に扉を開けたのが間違いだった。

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