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No.10 第3話『違う土で育った彼らは』- 1



生まれて初めてだった。こんなに人と大声で喧嘩をしたのは……


「どうして…?どうして何も言ってくれないの?!」


しかもその相手が……


「…黙れよ」


一番喧嘩をしちゃいけないコウくんだなんて、自分でも信じられなかった。


喧嘩なんてしちゃいけない。

理性ではわかっているのに、感情がどうしても追いつかなかった。


「コウくんは!いつも…勝手過ぎるよ」


大声で叫んで怒ってるはずが涙の所為で弱々しくなってしまう。

もうどの感情を表現しようとしてるのかわからない。


私の中から出てくるこの感情は怒りなのか、悲しみなのか、愛しさなのか、それさえもわからなくて、頭の中が混乱したまま叫び続ける。


放課後の、コウくんと私しかいない教室で…


「私のことは!どうでもいいの?ねえ、コウくんちゃんと…」


ちゃんと答えて。


そう続くはずだった言葉が、コウくんの低い声で遮られる。

低い低い、苛立ちを込めたコウくんの声が…


「…叫ぶためだけに呼び出してんじゃねェよ。じゃあな」


教室に、響き渡った。

それと同時に私の目からは大粒の涙が零れ落ちる。

零れ落ちた涙は、床に点々と跡を残していた。






誰もいないはずの教室から2つの声が聞こえた。


1つは泣き叫んでる女の子の声。

もう1つは低い男の声で、はっきりとは聞きとれなかった。


「なあ、美咲っち。俺達以外にもまだ誰かいるっぽいよ」

「え?!やっぱりみんな忘れ物するんだよ!私達だけじゃないってあはは!」


たまたま校門で出くわした美咲っちと一緒に廊下を歩く。

テスト期間中で、こんな時間にまだ学校にいるのは俺と美咲っちくらいだと思っていた。


俺は借りたノートをロッカーに忘れてきただけで、美咲っちとは違う。

だって普通おかしくね?全教科の教科書とノート学校に置きっぱとか…


「美咲っち勉強する気あんの?」

「あはは!あるあるー!きみと一緒にしないで!哲は勉強しないんでしょ?」

「俺はするっつーの!今回マジで頑張んないと留年するかもしれ…」


そこまで言いかけてる俺の口に、突然美咲っちの手が被さった。


話声が聞こえる教室の前の廊下。

そこで立ち止まった美咲っちが俺の口から手を離した後、人差し指を自分の口へと当てる。


なに、黙れってこと?それとも俺のこと誘ってる?

そんな風にふざけ半分でからかおうとしたその時、教室から雪乃ちゃんの泣き叫んでる声が聞こえた。


「ッ……」


その内容を聞いた瞬間、体中にビリビリと電流が走って、思わず目を見開く。

雪乃ちゃんが叫んでいる内容。それを耳にした瞬間…


『…あんた、普通じゃないよ』


数日前、1人の女から言われたことを思い出す。

雪乃ちゃんが言ってることはまるで自分のことを表わしてるみたいで、驚きが隠せなかった。


教室の扉から、少しだけ雪乃ちゃんの後ろ姿を見つめる。

雪乃ちゃんの目の前には、両手をポケットに突っ込んで俯いているコウが机に座っていた。


ずっと、どこかで思っていたこと。

ずっと、どこかで悩んでいたこと。

それを俺の代わりに代弁してくれてる雪乃ちゃんの後ろ姿は、すごく…眩しく見えた。


「……同じ、だ」


そう呟く声が聞こえて隣を見たら、何故か美咲っちも俺と同じような反応をしていた。

必死に叫び続ける雪乃ちゃんの後ろ姿を、今にも泣きそうな顔で見つめてる。


その時に思ったのは、俺も雪乃ちゃんもコウも美咲っちも、全員似た者同士なのかもしれないってことだった。






コウと雪乃ちゃんの喧嘩を目撃する1日前。

私がここへ転校してきて今日で丸一か月が経った。

転校してきた日は色んなことがあって、嬉しい出会いもあって、すごくすごく楽しかった。


まず教室に入る前にコウに廊下へ叩きつけられて、次は自販機の前で気絶させられて…ってあれ?なんかこれが楽しいってドMみたいじゃん、あはは!


んでそうそう、こっからだよ嬉しかったのは!

保健室で目が覚めて、先生にコウの名前を教えてもらって、即行で教室まで走ってお昼誘いに行ったらなんとOKだったんだよ!


もうあれは嬉しかったね。いつもより笑い止まんなかったもんね。

一緒にうどん食べて、何回かずるずる音うるせェって殴られて、それで…


やっと、コウみたいな奴と出会えたと思ったんだ。


「コウー!今日は一緒にご飯食べない?」

「…うるせェ」

「あはは!まあそう言わずに!ねえ、いつも一緒に食べてる女の子は?雪乃ちゃんって言うんでしょ?あの子も一緒にどう?」

「うるせェ」

「あはは!うるせェ好きだねー。もう寝てばっかじゃん立って立って!ご飯ですよー!」


机で寝てるコウの腕を無理やり引っ張り上げて席から立ち上がらせる。

その隣で哲が、すげェな美咲っち…って呟いてたから、とりあえず笑顔でピースしといた。


その瞬間、持っていたはずのコウの腕がするっと離れて、腕の代わりに足が後ろから飛んでくる。

ガンッと受けた衝撃のお陰でコントみたいに体が教室から廊下の壁へと叩きつけられた。


痛いってほんと、容赦ないなぁ。


……でも、それがいいんだ。


「ねえ今日は屋上で食べない?」

「…バカじゃねェのお前」


痛がってる時間も惜しくて間髪入れずに体制を立て直して問いかける。

さすがのコウも呆れたのか、ちょっと同情的な視線を送りながらそのまま屋上の方へと歩いてくれた。


朝から買っておいたパンを女の子らしい手下げに入れて肩に担ぐ。

先に行ってしまったコウの後を急いで追いながら、雪乃ちゃんは誘わなくていいのかを大声で聞いた。


そしたら、クソ真面目に美化委員の掃除に行ったって返ってきて、ちょっと残念な気持ちになった。


「雪乃ちゃんとも食べたかったから残念だなー」

「……。」

「ねえ、コウ。どれ食べる?結構色々買ってきたんだけど」

「お前の目的は?」

「え…?」


突然、髪を引っ張られてバランスを崩す。

屋上までの階段を上っている最中に攻撃をされて、一瞬冷や汗が背中を伝った。


辛うじて左手で掴まった手すりとコウの掴んでいる髪の毛だけが、私の体を階段から落とさずに支えている。


「何で俺に付きまとってんの?」

「もうー、いきなりどしたの?コウが何考えてんのかわかんないよ。ハゲちゃう家系だから手離してほしいなぁ」

「…俺が考えてること教えてやろーか?」


ニヤッと笑いながらそう呟いた後、楽しそうにこう続けた。


転校してきた初日で、お前の笑った顔以外に興味が湧いた。

苦痛で歪んだ時の表情。それが中々出てこないことへの好奇心。始めはそれだけだった。けどな…


そう続けた後、口角を上げた目の前の相手に一瞬ゾクッと体が震えた。


「最近は違和感さえ覚えんだよな…お前の笑いに」


お前、何が楽しいんだよ。


そう低く呟かれたのと同時に掴んでいた髪を離される。

かと思えば、今度は勢い良く首を掴まれて息が出来なくなった。


苦しいはずのこの行為に対して、またいつもの笑みが漏れてしまう。

今の自分は口角もつり上がって、苦しさと嬉しさが混ざったような、そんな表情なんだろう。


コウの見つめてくる表情が、すごく不快そうで眉間に皺を寄せていたから…

でも、出来ることなら、質問の答えは返したくなかった。


「うッ…ク、やっぱ…言わないと、ダメ?」

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