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No.9 第2話『他の種を見つけた彼は』- 5



今日一日の学校生活で色んなことがあった。

コウくんに新しい好きな人が出来て、その子とコウくんが付き合うことになって、その人はとても優しくて良い人そうだった。


私は悲しくて泣くことしか出来なくて、でも池中くんに慰められて告白されて、それで…


「フラれたんだ」


口から出てきた寝言に自分で気付いて目が覚める。

ああ、今日の出来事を夢に見てたんだ。


上体を起こして辺りを確認するとそこは保健室で、ふと窓の外に目を向けると外はもう夕日で真っ赤に染まっていた。


裏庭で倒れて、その後保健室に運ばれたんだろうか。

倒れてしまった原因を思い出した瞬間、また体中が震えだして悲しみが押し寄せてくる。


「もう、終わったんだ」


自分で呟いたことなのにまた涙が溢れ出てくる。

コウくんにいらないって言われた中学生のあの時よりも、ずっと辛い。


想いが通じ合えてた分、今の方がずっと苦しく感じた。


「コウくん…す、き…好き、だよ」


保健室に運んでくれた誰かが私の鞄も一緒に持って来てくれていたのか、ベッド脇にわかりやすく置かれていた。


鞄に手を伸ばすと、その中には何故かお昼に食べきれなかった焼きそばパンが入っていて、不思議に思いながらもそのパンをぎゅっと抱きしめた。


たぶんこのパンが入っていたということは、私を保健室まで運んでくれたのは池中くんだ。

コウくんかもしれないという可能性が頭の中を過っても、どうしてもそうは考えられなかった。


そう信じたくても彼から言われた言葉が邪魔をしてくる。


『別に。もういらねェから』

『こいつキモいくらい一途だからさっさともらって』

『俺、美咲と付き合うことにしたから』


次々と頭の中に流れてくる彼の言葉に、ボロボロと涙が零れ落ちる。


家に帰ってからは泣くことが出来ない。

だから嗚咽するくらい泣き叫んでから帰ろうと思ったその時…


「よお」


後ろから、コウくんの声が聞こえた。


「コウ、くん…?」

「美咲探してるんだけど…あいつここに来た?」

「ッ…来、て…ない、よ」


保健室の扉にもたれながら私の方へ話しかけていた。


いつもみたいにポケットへ両手を突っ込んで、だるそうに片足立ちをして、そんな仕草を見るだけで胸がぎゅっと苦しくなる。


でもそんなコウくんから出てくる話は私のことじゃない。彼女のこと。


「一緒に帰るって言ってたんだけどさ。突然消えやがって…」

「ふ…うッ…」


美咲さんなんだ。

コウくんの大切な人は、美咲さんなんだ。

私じゃない。ずっと一緒に過ごしてきた私じゃない。


ねえどうしたら、もう一度私の方へ振り向いてくれる?

彼女みたいに殴られても笑うことが出来たら、また私を側に置いてくれる?


どんな形でもいい。

私を必要としてくれたら、それだけで私は……


「……ック」

「え…?」


突然、私の方へ向いていたコウくんが下を向いて笑い始めた。


私に顔を隠して笑いを耐えるような姿。

少しだけ背中が小刻みに震えていて何があったのかわからない。


「あー、ヤバい。最高」

「え…?」


ゆっくりと、私の方へ近づいてくる。

その時のコウくんの顔は…


「なあ、今どんな気分?」

「ふッ…ぇ…?」


嬉しそうで、愛しそうだった。


「呆けてんじゃねェよ。3秒以内に答えろ」


すごくすごく懐かしい言葉。

その言葉が、今度は違う涙を誘発していく。


「かな、し…いよ」

「ふ~ん。俺は楽しいよ」


久々に本気で泣くお前が見れて。


にっこりと微笑みながら言ったコウくんが、私の首へ手を伸ばす。

その手が私の肌へ触れた瞬間、眉は垂れ下がったままで自分の口角が上がっていくのを感じた。


期待してもいいのかな。

私はまだ、コウくんの大切な人なんだって、コウくんの必要な人なんだって、そう思ってもいいのかな。


「み、美咲…さん、は…?」

「何が?」

「一緒に、帰…」

「うっそー」

「え、え…?付き合って、るって…」

「それも嘘ー」

「ど、ど…して、そんな」

「まだわかんねェの?」


マンネリ解消のために演技してやってたのに。


ぐっと首を絞められながら耳元で呟かれる。

その声がいつもより色っぽくて、背中から肩までゾクゾクと身震いした。


ここまで運んでくれたのも鞄を持って来てくれたのも自分だと説明され、その見返りだと言わんばかりに左耳へ噛みつかれる。


ギリッと響いてきた音と共に痛みの感覚が襲ってきたけど、それにさえもゾクッと身震いをして嬉しいと感じてしまう。


「わ、私…が…」

「あ?小さくて聞こえねェ」

「私が、池中くんの…告白、を…受け入れてたら、どうした、の…?」

「……。」


少しだけ、気になったことを正直に聞く。

もしあの時コウくんが演技だったとしても、私が池中くんを好きになってしまったらコウくんはどうしたんだろう。


その答えがどうしても知りたくて、首を絞められる苦しさと耳の痛みに耐えながら伝えた。

もしそうなっていたらコウくんは、本当に美咲さんのところに行っていたのかもしれない。


「…簡単に、俺が離してやるとでも思ってんの?」

「ッ…」

「お前が誰を好きになろうが関係ねェ」


俺が一生縛りつけて、死ぬまで遊び続けてやるよ。


そう低く呟いたコウくんに口を塞がれる。

辛うじて呼吸が出来ていた口にコウくんの口が重なって苦しくなった。


意識が薄れるほど苦しい中で、それでも想うことがある。


「コウ、く…す、き」

「……。」

「コ、ウく…んは?……痛ッ」


首に思い切り強く噛みつかれる。

痛みで涙が頬を伝う中、コウくんがべっと舌を出して笑った。


「どうだろな」


意地悪く笑って出した舌には私の血が少しだけ付着していた。


ああ、やっぱり…私はコウくんには敵わない。

私の膝の上にあるパンを乱暴に開けて食べ始めるコウくんを見て、そう思った。



第2話『他の種を見つけた彼は』



「み、美咲さんのことは…好き、なの?」

「好きじゃねェけど。興味はあるな」

「え…?!」

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