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No.2 第1話『始まりの種』- 2



「コウくんは!どうして私に構ったりするの?!私は…私は何もしてないよ!」


何もしてない?バカじゃねェの?十分やってんだろーが。


「俺が何でお前だけ痛めつけてんのか教えてやろーか?」

「…ッ、どう…して?」

「お前が一番苛めやすい、バカでのろまで人間以下の存在だからだよ」


そう呟いたのと同時に、ナイフをあいつに向かって振りかざす。

恐怖で固まったままの相手に微笑んだ後、ナイフをあいつの後ろへ構えて勢いよく横へ引いた。


「あ…ぁ……ッ」


スカートへボタボタと涙を零すあいつと、目的の物を切り裂けて笑う俺。

久々に興奮する俺の脳内と、心から恐怖して大きく震えるあいつの体。


想像していた通りになった現状に、信じられないほど口角が上がっていく。

あー、やっぱ最高…そう思いながら相手の顔へ目線を戻した瞬間、歪んだ笑いが口からも漏れ出してきた。


「ハッ、声も出ねェほどビビった?」

「…ぅ…ッ」


体に痛みがないことに安心したのか今度は声を漏らしながら泣き始める。

両手を顔に当てて泣き崩れるあいつの後ろには、俺が切り落とした長いクリーム色の毛が散乱していた。


「だーかーら、また久々過ぎて忘れてんのか?手で顔面隠したらブッ殺すって言っただろ」

「う、ぇ…ごめん、なさ…」


目の前にいるこいつが、必死で謝りながらゆっくりと顔を上げて視線を合わせようとしてくる。

その行為は俺がそうするように長年教えてきたことだった。


この顔が見たくて、この表情が見たくて、させている行為。

それから決まってこいつが言う台詞に、俺はいつも身震いさせられる。


「コウ、くん…ごめ、なさ…」


俺の名前を呼びながら、涙を流して謝る姿。

泣きながら怯えた目で見つめてくるお前が、俺の狂った欲求を満たしていく。


支配欲とか、たぶんそういうのを…

上がりきった口角を隠しもせずに、そのままあいつを置いて教室を後にした。


髪を突然短くして帰った所為か、あいつの両親がイジメを疑って登校させないようにし始めた。


前から怪我して帰ってたんだからさすがに気付くか。どうせ今までは転んだとかバカみたいに言ってたんだろーな。

そんな風に簡単に考えながら夕日が沈む空を屋上で眺めていた。


1か月、2か月、半年経ってもあいつは登校して来ない。

あー、早く殴りてェ。蹴っ飛ばしてェ。そんな衝動をひたすら耐えながら近くにあった錆びた鉄壁を蹴り飛ばす。


ガンッと音が響いて、その時にふと思いついた。

あいつの家の近くまで行けば会えんじゃねェのかって。


思いついたそのままの足で校舎を出てあいつの家の近くまで歩き出す。

あともう少しで着くという所で、あいつの後ろ姿を発見した。


けど、その姿は今までのあいつじゃない。


「おい、そこのブタ」


醜く太った前の面影もない後ろ姿だった。


髪は短いまま肉だけが大量についた背中。

なのに不思議と、こいつがあいつなんだと一目で気がついた。


「……ッ」


振り返った時に思ったのは、ああやっぱりなっていう感情。

まあよくこれくらいデブスになれたもんだな、たった半年で。


「コウ、くん…?」

「前から人間以下とは思ってたけどブタだったんだな、お前」

「ッ……何しに来たの?」

「あ?また半年で平和ボケしてんのか?」


苦しめに来たに決まってんだろ。


そう鼻で笑って言ってやれば、またあの表情が返ってくる。そう思っていた。

怖そうに身を震わせてボロボロと泣きだす顔。

それが当たり前のように返ってくると思っていたのに。


「……。」


返ってきた表情は、恐怖するわけでも悲しむわけでも怒るわけでもない。

ただの…


「何だよ、その顔」


無だった。

全てを諦めたような、死人のような顔。


無性に腹立たしくてその場に置いてあった誰のかもわからない自転車を蹴り飛ばす。

その行為にさえもあいつは反応を示さなかった。


一瞬で俺の脳が冷めていく。


「あーあ…」


玩具が壊れてゴミになった感覚と同じ。

壊したのは俺。壊そうとしてたのも俺。じゃあ今のこの喪失感は…?


「もうお前いらねェよ、ゴミ」


答えが出ないままそう吐き捨てて踵を返す。


明日から新しい玩具探すか…

帰りながら思ったことは、あいつのことでも何でもない、自分の欲を満たすためだけのことだった。



あの後すぐあいつは親の都合で転校した。

一切、学校に顔を出すこともなく消えた。


俺といえばあいつの代わりになる人間を選ぶ日々。

始めはあいつみたいに誰にも言わず周りに黙ったまま耐えそうな奴を選んでいた。


殴っても蹴り飛ばしても精神的に追い詰めても、何故か物足りない。満足しない。

どんなに止めるように懇願されても、苦痛で悲鳴をあげられても、何も感じなかった。


考えることはやめて、今度は誰かれ構わず目に付いた奴から痛めつける。

刺激が弱いんだろ。もっと、もっとやれば気が済む。


黙ったまま殴られ続ける奴ばかりを相手にしていたのが原因。

反抗してくる、逆らってくる奴も片っ端から苦しめる。

そうすることで自分の欲求は満たされると思っていた。


「さっさと立てよ」

「…ひッ…!もうやめてくれ!!」


さっきまで反抗して向かってきてた奴が最後には恐怖に染まった顔で懇願してくる。

それなのに、満たされない。……満たされないッ


「た、頼む!金は払う!見逃してくれ!!」


金髪に染めたいかにも不良だと主張する容姿の奴があっさりと土下座する。

ああ、最悪。俺が一番萎えるパターンだよそれ。そう思った瞬間、同時に何故かあいつの顔が浮かんだ。


最後に見せた俺への無の表情。

あの顔が俺に向けられて恐怖で歪む瞬間を想像するだけで、空っぽになった何かが満たされ始める。


やっぱ、あいつが一番良い玩具だな…


気付いた高1の冬。

俺はあいつが入学したと聞いた高校の近くへと足を進めた。

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