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六月二日



「ねぇ、ちょっとこれ穿いてみてくれない?」

 彼女からそう言われたのは、梅雨入り間近のある日のことだった。

「うん、いいけど」

「やったぁ!」

 はしゃぐ彼女を横目に渡されたものを確認し――。

「……なにこれ」

「おむつだけど」

「いや、それはわかるけど」

 わたしは呆れ半分で、そのいわゆる女の子用の、女子高生には似合いそうもない可愛らしいデザインのそれを見つめる。

「はやく穿いてよー」

 ごねる彼女を横目に、わたしはため息を吐いて。

「もしかして、わたしがちっちゃいからってからかってる?」

「違うよー。ただ、似合うかもって思ってー」

「やっぱりからかってんじゃん!」

 少しだけ怒った。甘噛み程度の感覚でぽかぽかと眼前のおっぱいを叩くとぽいんぽいんと跳ね返り。なんか負けた気分。

「そんなに拗ねないでよー」

 と彼女はわたしの頭を撫でた。……とどめを刺された気分です、というのはおいといて。

「だってさ、今日って六月二日じゃん」

 唐突な彼女の言葉。脳内に疑問符が浮かぶ。

「それがなに?」

「六月二日って、おむつの日らしいじゃん」

「それが……」

 なに、と聞こうとしたところで、ようやく合点がいった。

「まさか、おむつの日だからおむつってわけですかい?」

「よくわかったねー。えらいえらい」

「なんて安直な!!」

 そんな理由でこんなものを……なんて頭の悪い彼女なのだろうか。

「あーでもでも、それだけじゃないの!」

 弁明するように、彼女は口を開く。

「へー、なに? 言ってみなさいよ」

「あたしね……おむつが、好きだったの!」

「は?」

 うそだろマイハニー。嘘だと言ってくれ。

「今まで内緒にしてたけど、あたし、ずっとずっと、赤ちゃんの頃からおむつが好きで……とってもかわいいから普段から使っててね……」

「……この前……その、アレしたとき普通のパンツ穿いてたよね?」

「だって恥ずかしかったんだもん! あの日のためにわざわざ大人っぽいの買ったの! 普段はおむつなんだもん!」

 おーまいごっど。なんということだろう、いままで付き合っていた彼女はそんな変態さんだったのか。わたしは頭を抱えた。

「え、でも学校ではトイレ行くよね?」

「その……出したら替えなきゃだから」

「……」

 わたしは絶句した。目の前の美人な同級生がこんなクレイジーなド変態だったなんて。

「でね、こんなかわいいものをこんなにかわいいあなたが身に着けたら、とってもかわいいんだろうなーって」

「……ちょっと照れる」

「だから早く穿いてよー」

 はいはい、仕方ないなぁ。女の子は可愛いなんて言われちゃったら気を良くしないわけないのです。

 ……まさか、狙ってたわけじゃあるまい。

 それはともかく、穿いていたジーンズを脱いで、おむつに足を通そうとして……不意にその手をつかまれた。

「おむつは下着なんだよ? だから……パンツも脱いで」

「えぇ……?」

 ああ、もうどうにでもなれ! 半分切れつつ、ショーツを脱ぎ捨てて。

「どうせだし、私が穿かせてもいい?」

 甘えっぽく、彼女がおねだりしてきた。……うん、えっちだ。かわいい。つい首をこくりと縦に振った。

「じゃあ、はい。肩に手を置いてねー」

「……もしかして子ども扱いしてる?」

「その方が雰囲気出ると思って」

 雰囲気ってなんだろう。いや、変態を理解しようとすること自体が間違いなのかもしれない。

 大人しく指示に従って……めっちゃ恥ずかしいなこれ。ともかく、おむつがわたしの腰に引き上げられる。

「これでおそろいだ」

「うん……うん?」

「あたしもこれ使ってるんだ」

「ああ、そう……」

「これを穿くためにどれだけダイエットしたことか……。ピッタリ余裕を持って穿けるあなたがとっても羨ましいよ」

「はあ……もしかして去年くらいにダイエットの話してたのってそういうこと!?」

「そうだけど」

 もう何度呆れたことか。でも。

「……おむつって案外穿き心地いいものなんだね」

「そうなの! ムーミーマンは柔らかくて結構穿き心地いいんだー」

「いや、語らなくってもいいけど」

 ふふふ、と二人で笑いあった。

 まさか、好きなひとにこんな一面があったなんて、全然知らなかった。

「もっと……知りたいな」

「なにを?」

「あなたのこと」

 知れば知るほど、好きになるから。

 甘く囁きあって。

「じゃあ、おもらししてみよっか」

 衝撃発言に少し吹き出した。

「さすがにそれは……まだむり」

「だよねー……まだ?」

「な、なんでもないっ!」

 わたしは失言をごまかすように顔をそっぽに向け、彼女はそんなわたしを「かわいい」なんて言って微笑んだ。

 ……でも、案外悪くはないかも。


 その後、わたしまで性癖が歪んでいっちゃったのは、この出来事が原因だったのかもしれない。

 一年前の会話を思い返して、ふうっとため息を吐く。

 ベッドサイドのテーブルからコーヒーの香り。彼女が淹れてくれたそれをすすって、少しだけ震えた。

「……でちゃった」

「ふふ、なーにが?」

「言わせないでよぉ……。おしっこ」

「大学生なのに赤ちゃんみたい」

「そうさせたのは誰よ……。というか、あんたもでしょ」

「バレちゃってたか。じゃあ、取り換えっこしましょ」

「ん」

 そう言って、ころんとベッドに寝転がった。

 六月二日。雨音と甘い匂いに、わたしは頬を染めた。


   *


 初出:2021/06/02 小説家になろう・pixiv



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