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女の子にさせられた日


 初めに言うが、僕はまぎれもなく男である。

 少女のように端正な顔をしていても胸に膨らみなどはないし、華奢で小柄な体で毛の一本もない白くきめ細かい肌をしていたとしてもその股間には小さいながら男の象徴たるものがくっついているのだ。

 それが、何が悲しくてこんな格好――袖口にフリルのついていて胸元に施されたくまちゃんの刺繍が特徴的なピンク色の長袖Tシャツに、たくさんのリボンの刺繍が施されて後ろにはたくさんのフリルがあしらわれたデニム生地のスカート、靴下はピンク色にこれまたたくさんのリボンの印刷が施され履き口にフリルまでついたハイソックス、そして靴はこれまたピンクのカーブで差のつくスニーカー。その上で肩まで伸ばしていた髪をピンク色で玉の飾りのついたヘアゴムでそれぞれの耳の上で二つに括った、まさに上から下まで小学生女子のような格好で出歩かなければならないのだ。

 ……すべて、彼女が悪いのだ。

 僕にブランド物の少しお高い女児服を買い与えてまで僕に可愛くなってほしいと望んだ、僕の恋人。

「ねえ、終わった?」

「ああ。……これでいい、かな」

 僕が彼女のほうに振り返ると同時に、彼女もこっちを向いた。

「うん、かわいいわ。さすがは私の

「……恥ずかしいよ、

 ああ、恥ずかしがりながらも、顔を赤らめながら自然にお姉ちゃんと呼んでしまっている自分が恨めしい。

 そんな彼女はいかにもきれいなお姉さんといったような格好で、否が応にも自分が彼女の“妹”であると意識させられる。

 多機能トイレ、備え付けられた鏡には、「同級生の男女」ではなく「可愛い小学生と美人大学生の姉妹」が映る。

 ……どうして、こうなってしまったんだろう。

 およそ一か月前のことを思い出す。


    *


 その日、僕は地面を眺めながら、ぼうっと歩いていた。

 大学の昼休み、レポートのことを考えながら、コンビニに食料調達へ。

 ……学食でも駅前のファミレスでも、いくらでも選択肢はあるのだが、何分お金がないのだ。飲み物代を抜けば、あとはおにぎり一個しか買えない。

 そんな時だった。

 突然、何かがぶつかってきたのだ。

 柔らかい、めっちゃ柔らかい何か。それが女性の胸部であることに気づいたのは、僕の小学生並に小柄な身体が宙を舞っている時であった。

 背中がアスファルトを擦る。

「ご、ごめんね! キミ――」

 謝ってくる女性。彼女には見覚えがあった。

 確か同じ専攻、同じ講義でたびたび顔を合わせる程度。話したことは全くなかったが顔見知りではある。少なくとも僕は彼女の顔と名前を知っていた。

 しかし、その彼女の、こんなにも悪そうに笑う姿は見たことはなかった。

「ちょっと、お姉さんとファミレスに行きましょうか。おごってあげるわ」

 ……僕は生唾を飲んだ。

 金銭的な意味でこんなにも素晴らしいことはない。全然信用はできないし、正直言ってうさん臭さ以外の何物でもないのだが――。

「わかったです」

 この誘惑に勝てるわけはなかった。


「それで、島田シマダ 悠斗ハルトくん……だったかしら」

 目の前の彼女――七条シチジョウ 玲華レイカが、僕の名前を呼ぶ。僕は生ハムサラダにフォークを突き刺しながら「そう、ですけど」と答える。

 ……さっきから子供扱いされてるように見えるのは気のせいだろうか。

「言っておきますけど、僕はたぶん同い年くらいですよ」

「あら、お酒飲めるのね。すみません、ワインを――」

「すみません嘘でした!」

 僕は十八歳、未成年である。酒は飲めない。

 そういえば大学とか専学って意外と二十歳越えてる人もいるんだったな……。全員が同じくらいの年とは限らない、と胸に刻んでおいたのはさておき。

「とにかく、子供扱いはやめてくださいよ。僕も大学生なんですから……。同じ講義で何度も顔会わせてたでしょ……?」

 ため息をつきながら、そんなことを言ってみると。

「ふーん、なら、その敬語やめなさいよ」

「……あ、はい、じゃなくて……うん」

「ついでに、私のことをお姉ちゃんって可愛く呼んでみて?」

「……お姉ちゃん……ってなに言わせてるんです!?」

 どさくさ紛れで変なことを要求された!

 やっぱりこの人、一流の変態不審者らしい。中身がとことん腐ってやがる。

「ちっ」

「なに舌打ちしてんの……」

 僕はまたため息をついた。

 そこで、玲華さんは改めて僕に向き直る。

「でね、悠斗くん。折り入って頼みがあるのだけど」

 神妙な面持ち、冷静な口調。美しい彼女の姿に、僕の背筋はピンと伸びて。


「私の彼女になって?」


 すぐにずっこけた。

 え? ちょっと待って。彼女になってって……え?

「えーっと、私“を”彼女に“して”の間違いじゃないよね?」

「うん。君を私の彼女にしたいの」

「僕、男だけど」

「知ってるわ。その上で“彼女に”したいの」

「……は?」

 全く意味がわからなかった。理解ができなかった。

 目の前の、美人の姿をした変態は、さらに言葉を紡ぐ。

「いや、彼女というのは語弊があるかな。じゃあ……妹は? 私の妹になって!」

「ごめん、もっと意味がわからなくなった」

 頭がぐるぐるするなか、この変態は口角をあげる。

「じゃあ、いまからあなたを女の子にしてあげる」

「え? ちょ、心の準備が……」

「ふふ……絶対にかわいくしてあげるからね」

 それから僕は腕をつかまれ、どこかに連れていかれることになったのである。


 こうして数分後。

「ぜぇ……ぜぇ……ここ、は?」

「駅から徒歩十分くらいのしもむら!」

「時空ぶっ飛んでない!?」

 大学から駅まで歩いて五分くらい、それでプラス徒歩十分、さらによく考えてみると駅を突っ切って反対側まで行ってたはずなのに、約五分で着くはずがない。

「ふふ、体力だけはあるのよ。お姉ちゃんを舐めないで!」

「……あ、うん」

 僕は茫然とした。

「で、なんで洋服の店なんかに……」

「女児服」

「……ワンモア」

「可愛い女児服。それもフリフリやパステルカラー満載の」

「どういうこと?」

「言ったでしょ。かわいくしてあげるって」

 ものすごく嫌な予感がする。可愛らしい装飾の施された小学生以下の女子向けの服を横目に、僕は背筋を震わせ。

「よし、これ着てみてくれる?」

 試着室で渡された服は、とても普通に着れるような代物ではなかった。

「なに、これ」

「どう? かわいいでしょ。このワンピ」

 そう、それは言い訳できないほどに“かわいい”もの。

 色はピンク。袖口がフリルになってて、胸の真ん中には小さめにリボンのような刺繍。下の部分はレースやフリル、半透明のチュール素材などで彩られた真っ白なスカートになっている。

「あと、靴と靴下、あと下着やぱんつも買っておいたから。着てちょうだい」

 ……それらもすべて女の子向けのもの。下着類に至っては女児向けのアニメが全面に描かれたものときた。僕は流石に抗議する。

「こんなの着れないよ!」

「おかしいわねー。サイズはぴったりのはずなのに。もしかして、着方がわかんないのかな?」

「ちが、そうじゃなくて……」

「そうだ! お姉ちゃんが着せてあげる!!」

「ふぁっ!?」

 試着室の中に乱入する玲華さん。服をぽんぽんとひん剥かれて。

「……小さくてかわいい」

「やめて……」

 愚息を目撃されたうえで、変身ヒロインの描かれたパンツに足を通される。

 ……男のそれとは全然違う、柔らかくてふわふわとしたはき心地。不覚にも、これが気持ちいいと感じる自分がいた。

 同じアニメのキャラクターの衣装をモチーフにしたキャミソールも足のほうから着せられる。女の子の下着は下から着るというのは今知った。

 それから、いよいよワンピースを、頭からかぶるように着せられ、それから靴下、靴も履かされて――。

 次に姿見に映った姿は、一瞬誰かわからなかった。

「……これ、ぼく?」

「うん、そうよ。やっぱり顔をいじらなくてもかわいくなった」

 嬉しそうに微笑む目の前の彼女は、とってもきれいで……顔が真っ赤になる。

 鏡の向こうで自分と同じ動きをして恥ずかしそうにたたずむ可憐な少女。女子小学生と言われても何ら違和感を持たない――なんならちょっと体格のいい幼稚園児と言われても納得できてしまえそうな、むしろ本物の少女よりも可愛らしいまであるような美少女。

 それがいまの自分の姿なのだ。そう思うと、途端に心臓がバクバクして。

「興奮してるみたいね」

「……やめてよ、えっち。へんたい」

「でも、そんなところもかわいい」

 そのとき、心臓がひときわドクンとした。

 胸がきゅんとする、とはまさにこういうことなのだろう。ほわほわした気持ちよさと、きゅんきゅんと胸の詰まるような感じが同時に僕に襲い掛かる。

「あら、目がとろんとしてる。もう、かわいい」

 もう、この時点で僕はどうにかなってしまっていたのかもしれない。否、女の子になった自分を見た瞬間には、もうすでにどうにかなってしまっていた。


「もっともっと、かわいいって言って! っ!」


 そう言って玲華さんに抱き着いた僕は、もう誰がどこから見ても男子大学生には見えない。

 そこにはただ、新たな姉妹が仲良く抱き合っているのみであった。


    *


 あれから一か月、週に二回か三回くらいのペースでデート。それも、僕が女児女装させられ、女の子同士のカップル……あるいは姉妹として。

 いま着ているブランド物の可愛い女児服も、週末のデートの時に買ってもらった。合計で数万円分、僕のために。

 男なのにこんな格好で出かけるのは確かに恥ずかしい、けど……

「……かわいいわ。大好きよ、

 僕はもうすでに、変態なのだ。

 彼女につけられた、女の子としての名前。それを呼ばれるだけで胸がきゅんきゅんとして、頭がとろけて。

「えへへ。はるかも、お姉ちゃんだいすき!」

 “お姉ちゃん”に抱き着いて、破顔するのだ。

 ……どうしようもない、変態だ。でも、それでいい。


 何故なら、こんなにも幸せなのだから。


   *


 初出:2020/10/22 小説家になろう・pixiv同時掲載


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