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クリスマスに女の子の身体を貰ったら ~幸福のプレゼント~



 町はきらびやかに飾り立てられていて、夕飯の買い物に来たスーパーのPOPを見て、ようやく今日がクリスマスイブだと実感した。

 まあ、僕に関係ある話ではない。今日は早く帰れた。それだけだ。

 カップラーメンをいくつか買い物かごに放り込んで……足に触れる感覚。

 下を見ると、幼い少女が走っていた。

 スーツを着た僕の足に軽く当たったのも気にせず、スーパーの中をキャッキャと歓声を上げながら楽しそうに走り回っていた。

 ハッキリ言ってやかましい……反面、どこか胸が締め付けられる。

 かわいいなぁ、女の子。

 思い返すと、僕はつまらない人間だった。

 誰に言われるでもなく、親の負担を減らしたい一心で、子供のころから大学進学や有名企業への就職を目指し、友達とも遊ばず、服も兄の使い古しの、正直ダサいようなものを着て。

 その親も亡くなって久しい。生活は安定したけど、毎日激務に追われ。

 何時間寝たって疲れは取れない。料理もできないのでインスタントフードとストロングゼロを摂取してわずかに心と腹を満たす。

 ……なにが楽しくてこんな生活してんだろう。

 生きるのに楽しさは必要ない。知ってる。わかってる。けど。

 辛い。苦しい。

 苦しんで苦しんで苦しんで、その先に何があるのだろうと考えると、やはり苦しみしかなくて。

 何のために生きてるんだろう。

 会社のため? 金のため? 社会のため?

 わからなくなって……銀色のチューハイの缶を買い物かごに放り込んだ。

 親に捕まって、たしなめられるさっきの少女。その揺れるフリフリのスカートを見て僕はぽつりと口にした。

「女児になりたい」

 ……なに言ってんだ、僕。そんな胡乱なこと考えるより、早く帰って酒を飲もう。

 ため息を吐いて俯きがちに、早歩きで僕はレジへ向かった。


 覚えてるのはそこまでだった。


 日曜日。

「なんで……」

 僕は長く伸びた髪を触って、ぱっちり大きめな目をさらに見開きながら、甲高い声で呟いた。

「なんで女の子になってるの……ぼく……」


「せつめいしようっ!」

「うわぁぁぁ!」

 声の聞こえたほうに振り返ると、女の子が立っていた。

 風呂場、鏡を見ながらなので……僕は可愛らしいピンクの、裾にフリフリのついた水玉柄のパジャマで、床に滑ってすっこける。

「っ……たた……」

「だいじょうぶ? ユウちゃん」

「ユウ……?」

「きみの名前。もともとの名前からとってさ」

「えっと……どういう、こと?」

 手を差し伸べた、赤と白のワンピース……いわゆる女児向けにアレンジされたサンタ服を着た、金髪をツインテールに括った、空色の目を持つ可愛らしい女の子。僕はその手を取って、立ち上がった。

「だからいまから説明するね」

「とりあえず、お風呂場じゃ転んじゃうから……リビングにどうぞ」


 というわけで、カップラーメンを二つ出してお湯を入れて、冷蔵庫にストックしてあるお酒……が全てりんごジュースに交換されていたのでそれを二本出して。

「あらためてせつめいしよう!」

 サンタ服の女の子は缶のりんごジュースをコップに注ぎながら言った。

 ――曰く、目の前の少女はフィンランドにある精霊の国から来たサンタクロース見習いで、偶然通りかかった僕の願いをかなえてあげたのだという。

 それだけでもトンチキなのだが、その中で僕は昔から女の子として十年間生きてきたことになっているのだという。

 ……お酒がジュースに変わってるのはそういうことか。十歳児にはお酒は買えないし。ついでにタンスの中の服が全部女児服に変わってたのもそういうことだろう。

 そんな話を、僕はよくわからないロゴ入りの女児Tシャツにフリルがついたガーリーなスカート――サンタ服の子、自称サンタちゃんに着せられた――で、缶に口をつけながら聞いていた。

「にしてもずいぶん落ち着いてるね、ユウちゃん」

「……脳の処理が追い付いてないだけ……」

 ぐるぐる目の僕に、サンタちゃんはそっと頭をぽんぽんして。

「それなら仕方ないよ」

「……怒らないの?」

「怒らないよ。相当頑張ってきたんだね」

 微笑んだサンタちゃんに、僕はふっと息を吐いて。

「ありがと……」

 蚊の鳴くような声で答える。

 なんで安心感なんて覚えちゃってんだ、僕は。

 胸がこそばゆくて、妙な充足感が心のうちから体を満たしていく。

「ほぁ……」

 その細い声が僕の口から出ていたものだと気付いたのは、数秒経ってからのことだった。

 同時に、かすかに水音が聞こえて。

「ユウちゃん!? え……?」

「ふぇ? あ、あぁぁ、あああ!」

 僕は顔面蒼白になった。

 ――さっきはかせてもらったばかりのぱんつがぴっちりと肌に貼りつく感覚。それは靴下にもおよび、はっきりと「濡れた」感覚が僕を襲う。

 ゆっくりと下を向くと、そこには黄色い水たまり。

「……雨漏り、じゃ、ないよね?」

「きょう快晴だよ?」

「あはは、ホワイトクリスマスなんて……望めないかー……」

 空虚な笑いが僕の口から漏れる。下の口からも液体が漏れる。あはは、あは、あはは。ぜんぜんうまくないよ……。

 てかよく考えたら雨が黄色いわけないよね……。

 うん。もう現実逃避はやめよう。

 僕は涙目でぽつりと口にした。

「……おもらししちゃったぁ……」


「泣かないでよぉ……」

「ぐすっ……んん、らいじょおぶ……うぅ……」

 サンタちゃんに頭を撫でられながら、僕ははだかんぼで泣いていた。一緒にお風呂に入って身体を洗ってもらっていたのだ。浴槽が洗えてなかったのでシャワーだけだが。

 体を拭かれ、ついでに髪も乾かしてもらって、ようやく落ち着いてきた頃だ。

 ちょっと漏らしたくらいで、とっても悲しくてつらい気分になるなんて……。

 悲しくて辛い出来事なんて、昨日までたくさんあったじゃないか。それなのに、なんでこんなことで、こんなに泣いてしまうんだろう。もしかして、メンタルも年相応に弱くなってしまっているのだろうか。

「……男に戻りたい」

 僕はうつむきながら口にした。

「えー? 女の子楽しいよー?」

 サンタちゃんの言葉に、僕はさらに俯いて、軽く息を吐いた。そりゃ願ったのはほかでもない僕だけどさ……。

 ぷぅっと頬を膨らました僕の頬。それをツンツンと触るサンタちゃん。スマホが鳴る。

 電話に出るサンタちゃん。電話口の男の声はどこか怒っているように聞こえて。

 やがて話が終わると、彼女は僕に向き直った。

「……パパに怒られた」

 なんでも、サンタクロースをやっている父親に、「安易に現実改変するな」と叱られたらしい。相手の人も困っているだろう、と。

 ……そのお父さんの言う通りだ。僕も本気で女の子になりたいわけではなかった。

「それで、なんだって?」

「一週間後、パパが来るから……それまで世話してやりなさい、だって! やったね、一緒に暮らせる!」

 一転して嬉しそうに告げる少女に、僕は頭を抱えた。一週間後って正月じゃないか。

「じゃあお洋服着ようね、ユウちゃん」

 お父さん、お疲れ様です。そう心の中で言いながら、僕はサンタちゃんにされるがまま――あれ、ぱんつは?

 下着だけ穿かされずにスカートを身につけられた僕。股間がスースーして心許ない。

 タンスの奥をごそごそと漁ったサンタちゃん。……おい、まさか。

 そこから取り出したのは、ピンクで女の子が三人ほど寝転がったビニールの袋。その袋の中から取り出したるは、白くて厚ぼったくてピンク色のハートが散りばめられたなにか。さっき穿かされて濡らしてしまった女児ぱんつには何にも感じなかったくせに……僕は赤面していた。

 何故なら、この幼い体ですら年不相応なはずのものだから。

「家探ししてたら都合よくあったんだー。おむつ。いとこのやつ?」

「そう、だけど……」

 ――それは紙おむつ。小学生でも穿けるサイズの「幼児用」おむつである。

 なぜそんなものが独身一般男性の家にあるのか。それはおねしょの治っていない小学二年生の従妹がたびたび泊りにくるからなのだが。というかそもそも家探ししないでくれないか、というツッコミは一旦おいておくことにして。

「なんで……」

 と言いつつ、本当はわかっていた。これを穿かされるべきなのは、この場には一人しかいないのだから。

「はかせてあげるね、ユウちゃんっ!」

 満面の笑みで嬉しそうに、彼女は口にした。


「かわいいっ!」

 サンタ服よりかはカジュアルめな服を着たサンタちゃんは、頬を赤らめて座る僕に目を輝かせていた。

 その僕は、目の前に座る女の子からその下着がちらりと見えてしまっていることに気付かぬまま、スカート越しに尻に触れて。

「もこもこするぅ……」

 とってもありきたりな感想を口にする。

 足が露出しているからスースーして落ち着かないし、お尻を包むもこもこした感触がなんかとても恥ずかしい。白と淡いブルーを基調にフリルやレースが多めに使われた甘い「女の子」って感じのコーデなのも、サラサラロングの髪をかわいいヘアピンでとめてもらったのも、全部全部いままでにないことで、とても緊張する。心臓がバクバクと叫ぶように拍動する。

 すーはー、と深呼吸をして落ち着こうとする僕に、サンタちゃんは猫のように頬を寄せた。

「ひゃっ」

 びくっとして、僕は背筋を震わせる。

「かわいいよ、ユウちゃん。その鈴みたいな声も、ちょっとマイペースでおどおどした感じの態度も、いいにおいがするところも」

「やめて……」

「おしっこも一人じゃいけないんだよね。女の子の身体に慣れてないから。でも、そんなところが弱々しくってかわいい!」

「かわいいって、いわないで……」

 かわいいなんて言われて喜んでる自分がいる。耳に息を吹きかけられてぞくぞくして、気持ちいいって思ってる自分がいる。

 僕は、男なのに。男「だった」ハズなのに。

「こんなんで、男に戻れるのかな? ……ユウちゃん」

「……戻れるもん」

「おしっこ出ちゃってるよ?」

 僕はひどく赤面した。

 ……こんな恥ずかしい生活も少しの我慢だ。

 そう。正月には元の姿に戻れるはず、なのだから。


    *


「デートにいこうよ!」

「……でーと?」

 サンタちゃんが口にしたのは、この体になってから三日目のことだった。


 そんなこんなで僕は、冬の町に連れ出されていた。

 会社はまだ休みになっているわけじゃない。が、僕はいま小学校に通っていることになっているらしく、その小学校は冬休み中。なので女の子になってからは休み放題だったのだ。

「……さむいぃ」

 がたがたと震える体。――いくらタイツを穿いているからって、この季節にミニスカートはちょっと露出が多すぎる。

 長袖のTシャツ、その上に羽織ったピンクのジャケットをも貫通してくる寒気に僕はブルっと体を震わせ。

「大丈夫?」

「うん……」

 隣を歩くサンタちゃん――今日は軽くウェーブのかかった金髪をツインテールに結んでいてすごくかわいい――が、かじかんで感覚をなくしそうな僕の手をぎゅっと握ってくれた。

 ……すごく寒いのに、なんだか心がポカポカする。

「ほぁ……」

 安心感に口から白い吐息を出すと。

「……ふふ、ユウちゃんのここもあったかい!」

「ほぁ!?」

 僕のスカートに触れたサンタちゃん。彼女の微笑みと共に、あったかくなった吸収帯が冷たくなっていくのを感じた。

「……トイレ」

 微笑んだ彼女。たった一瞬の尿意を我慢することすらできなかった弱々しい括約筋と短すぎる尿道を恨みながら、顔を赤くして呟いた言葉に、彼女は。

「そうだね。おむつを替えよー!」

「大声で言わないでよぉ!」


 ところ変わって。

「きんちょーするよぉ……」

 とくんとくんとふたつの心音が重なる。

「多目的トイレ、赤ちゃん連れのひとに譲るって言ったの、ユウちゃんでしょ?」

「わかってるけど……だからって……」

 大きいトイレは本当に必要なひとに譲るべき。優しいお嬢さんね、なんてほめられたのはうれしかったけど。


「女子トイレの個室に、ふたりきりって……ちょっとおかしいよぉ!」


 体はともかく心はれっきとした成人男性の僕が、小さな女の子と女子トイレの個室で二人きりというのが今の状況。

「犯罪者にはなりたくなかったよぉ……ぼくはロリコンじゃないのにぃ……」

「なにがおかしいの? いまのユウちゃんは女の子だから女子トイレであってるはず」

「そうだけど! そうじゃなくってぇ……」

 条例とかそういうのに引っかかって逮捕されちゃうってこれ……。

 嘆く僕に、サンタちゃんは顔を近づけた。

 ……いいにおいがする。女の子の匂いだ。柔らかい、花のような香りだ。

 心音たちが奏でるハーモニーが崩れ出す。吐息が重なって。

「ふふ、とまどうユウちゃんもかわいい!」

 鼻先が触れそうなほどの距離で、彼女は満面の笑みを浮かべた。

 ――サンタちゃんは無邪気な子供なんだ。再認識した。

 そんな子に多少なりとも劣情をもって接していたように感じて、痛む胸。

「ごめん」

「なにが?」

「……おしっこ出そう」

「あっ、じゃあスカート下ろさないとだね! タイツも」

 何気なくごまかした。……いま男の部分があったとしたら、危なかったかもしれない。

 ――あれ、「おとこのぶぶん」ってなんだっけ――?

 そのとき、つんとした感覚がよぎって。

 下着のなかがあったかくなるのを感じ。

「まにあわなかった?」

「ん……」

 微かに恍惚とした顔を見せた僕の頭を、サンタちゃんは優しく撫でた。

 ぼうっとする頭。めくられたスカート。

「わ、もこもこだ」

 タイツ越しに透けて見えるおむつは黄色く膨らんで、僕という少女の丸いお尻をさらに丸く、可愛らしく見せていた。

 脱がされるタイツ。破られるおむつのサイドステッチ。ふわりと舞った臭気。

 そして、あらわになった、未発達の「女の子の部分」を一瞥して、サンタちゃんは一言。

「かわいいっ」

 意味深長に口にした。

 ……やっぱこれ、事案だよね?


 おむつを替え終わり、僕は個室を出る。

「えー、まだ入っててもいいのにー。いっしょにおしっこしよー?」なんて駄々をこねるサンタちゃんに「ここ、せまいから……」なんて言い訳をして。

 手を洗って、割と綺麗だった公衆トイレの建物を出ると、風がびゅうと吹いて僕の体を震わせる。

 ……寒い。寒くてたまらない。

 十二月も末、寒くて当然の季節。いくら子供の身体と言えども寒いものは寒い。

 すう、はあ。肺の空気を入れ替えるとつんざく寒気が体の中にまで侵入して――。

「へぷしっ」

 くしゃみがひとつ。――心細くて、泣いてしまいそうになる。

 周囲を歩く人々は僕の事なんて目にも入っていないかのよう。

 今までずっと一人きりだった。孤独には馴れている。はずなのに。

 どうして、こんなにも寂しいんだろう。

「ユウちゃん!」

 そのとき、声が聞こえた。

 足音。かじかんで冷たい手に温かさを感じて。

「……だいじょうぶ?」

 聞いてきた彼女に、僕は。

「うぅ……サンタちゃぁぁぁん」

「わ、なになに?」

 泣きながら縋りついてきた僕に戸惑うサンタちゃん。けれど。

「……さみしかった」

「そっか。よしよし」

 頭を撫でられるだけで、胸が温かくなる。

 落ち着くまで、僕は頭を撫でられ続けて。

 すっかり泣き止んだころ、彼女は言った。

「じゃあ、いこっか。かわいい服、いっぱい見に行こ!」


「なんで、サンタちゃんは、ぼくにこんなに優しくしてくれるの?」

 少し歩いて、口から零れ落ちた疑問。

 彼女は目を見開いて、少し微笑んだ。

「なんでだと思う?」

「……ぼくを女の子にしちゃった負い目?」

「それもなくはないかな。でもー……」

「違う、の?」

「うん。それだけじゃ、絶対ない」

 少し考えて彼女は言った。

「かわいいから、かな」

「かわいいってなにさ」

「そのままの意味だよぉ」

 ……言われてうれしくないわけじゃないけど。むしろうれしいって感じちゃってるけど。

「でも、よくわかんない」

 そう口にすると、サンタちゃんは突然僕を抱き寄せた。

「ここ、道のど真ん中だけど……」

「かんけーないよ。……そうやってすぐ照れちゃうところとか」

 少女の透き通った青い瞳が、僕を射抜くように見つめて。

「ほかにも、すぐ泣いちゃうとことか、すぐにあたしを頼っちゃうとことか。見た目も中身もかわいくて、全部が全部愛しくって。ああ、そうだ」

 思い出したかのように彼女は頬を赤らめて。

「……これが、よくマンガで言われたりする……『すき』っていうこと、なのかな」

 そう、小さく口にした。


    *


 時が過ぎるのは早く、日々はあっという間に過ぎていった。

 一つしかない布団。そこに二人で身を寄せ合った夜。

「ねえ、女の子になってよかった?」

 囁くように、サンタちゃんは聞く。

「……わかんない」

 僕が呟くと、彼女は怒るわけでも悲しむわけでもなくただ「そっか」と笑った。

「もうすぐ今年が終わるね」

「そう、だね」

 大晦日。その夜だった。

 女の子でいられる最後の夜。サンタちゃんといれるのも、きっと最後。

「……きっと、忘れない」

 ぽつり、彼女は口にした。

「あなたと出会ったこと。……ユウちゃんのこと。あなたが忘れたってあたしはきっと覚えてる。ずっとずっと」

「…………」

「そろそろ、パパが来ちゃう」

 透き通った空気に聞こえた言葉。息をのんだ――そして、除夜の鐘が鳴る。

 冬の透明な大気に響き渡る百八の鐘。その最中に、それはやってきた。


「遅くなったが……メリークリスマス」


 白い髭を蓄えた恰幅のいい、特徴的な白と赤の服を着た男。

「サンタクロースだ……」

「いかにも。娘がご迷惑をおかけした」

 サンタクロースは、そう言って頭を下げた。


 そうして僕は、導かれるままに、床に敷かれた紙に描かれた魔法陣の上に立つ。

「世界改変は膨大な力を使うもの。本来はそう何度も使うものではないが……うちの娘の尻拭いだ。エミ、そこで反省しているように」

「はーい」

 エミと呼ばれた少女――つまりはサンタちゃんは、僕の前にはじめてあらわれた日と同じ、サンタクロースとしての正装たるサンタ服を身に纏って、僕のそばに正座していた。

 そして、僕の方を見て。

「もうさよならだね」

 微笑んだ。

「あたしはきっともう、あなたとは会えない。サンタクロースは子供にしか見えない決まりだし。でも――」

「きっと忘れない。そう、でしょ?」

 震える声で口にした。

 頬が濡れる。落ちる水滴。

 ――僕は泣いていた。

 たった一週間の、短い間の記憶がフラッシュバックする。

 小さな布団に身を寄せ合って寝たこと。かわいい服を見て回ったこと。町を案内したこと。迷子になったこと。自撮りしたこと。ふざけて笑いあったこと。

 あったかどうかもわからない記憶が、走馬灯のように頭の中を駆け巡り。

 ボロボロと涙が零れ落ちた。

「……そろそろ始めよう」

 そして、サンタクロースは何語かもわからない呪文を唱えだして、魔法陣は輝きだす。

「じゃあね、ユウちゃん」

 少女の声。微笑。涙。


「あなたと会えて、よかった」


 耳朶を叩いた声に、僕は……ぼくは――。


    *


「これでよかったのか?」

「はい。ぼく……わたしは、後悔しません」

「そうか。……エミ」

「なぁに、パパ」

「……よくやったな」

「えへへ、ありがと」

「すぐに調子に乗るんじゃない。……ユウ、だったな」

「はい」

「――娘を頼んだ。これからも、よろしく頼む」


    *


 新しい生活も、一週間もたてば慣れてしまうものだ。

 二週間ぶり――体感上は十年以上ぶりの小学校。教室には見覚えのない、しかし確かに馴染みのある友達がいた。

「おはよう、ユウちゃん」

「ん、おはよ」

 わたしはすっかりマイペースでおっとりとした性格に落ち着いて、前のキリキリしたサラリーマンの面影はあまりない。

 わたしはいま、まさしく「普通の女の子」になっていた。

 ただ一つだけ、普通とは違うところがある。それは。

「あっ……」

「どうしたの? ユウちゃん」

「おしっこ、でちゃった……」

 デニムミニスカートと防寒用のタイツ越しに下着を触ると、ぷにっとした不思議な感覚と温かさが股間に伝わった。

 されど一週間とはいってもたかが一週間。生活には慣れ始めたとはいっても、できなかったことができるようになるまでには圧倒的に少ない時間だ。

 要するに、いまわたしはトイレトレーニングの真っ最中だった。

「おしっこ? 床、濡れてないけど……もしかして、おむつ?」

「ん。……このからだにはまだなれてないからね」

「なにそれ、ウチュージンみたい」

 笑った友達。どうやら変な風には見られていないらしい。「僕」になるまえの「わたし」はとてもいい友達を作っていたようだ。


 トイレでおむつを替えてきたところで、きんこんかんこんとチャイムが鳴る。

 担任の教師が着席を促して、始業式……の前に。

「きょうは転校生が来ます」

 にわかにざわめく教室。女の子かな、男の子だったらいいな、イケメンだったらなおさら……なんて聞こえてくる中、その転校生は教師に促され教室に入り。

 ――僕は目を見開いた。


「ハロー、あたしはエミ! フィンランドから来ました!」


 サラサラの金髪をツインテールにした、空色の目を持つ女の子。赤と白のおしゃれな私服で、にこやかに笑った彼女は。

「よろしくねっ!」

 わたしを見て嬉しそうに笑ったその子は、まさしくわたしを女の子にした――してくれた、彼女で。

「どうしたの、ユウちゃん。ニヤニヤして」

 友達の問いに、僕は微笑みながら答えた。


「うれしかっただけ。わたしのサンタクロースに、また会えて」


 Fin.


    *


 初出:2022/12/24 小説家になろう・pixiv



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