「はぁ……。つまんないなぁ……」
なにもない毎日。つまらない日常の繰り返し。いつしか私は“非日常”に憧れていたのかもしれない。
五月三十一日、日曜日。
「
お母さんに頼まれたおつかい。そのために来たドラッグストアで、偶然それを見つけた。
「これ……赤ちゃんの……」
淡い青や薄いピンク、白などの淡い色遣いを背景にして、幼い子供や赤ちゃんが笑っているパッケージ。それがいくつも並んでいた。
その中に一つだけ、淡いピンク色に私より少しだけ小さな……小学校低学年くらいの女の子が寝転がっているものが。
ほかのものとは違って「スーパービッグ」というロゴの入ったそれの下には、「18~35kg」の文字。私の体重はたしか三十五キロもなかったはず。
……そこで少しだけ、ほんの少しだけ魔が差した。
周りに誰もいないことを確認して、そのパッケージをひったくるように取る。
そして、頼まれたものと一緒にレジに置いた。
「か……買っちゃったよ……。私の……お……おむつ……」
衝動的につい買ってしまって、恥ずかしさと戦いつつ部屋までこっそりと持ち帰ったそれを見て、興奮に思わず声が出る。
なんで、こんなの買っちゃったんだろ。もう四年生のお姉さんなのに……必要ないのに。おかしいよね。
そんなことを思いつつ、しかしなんだか興味もあって。
「ま、まあ、買っちゃったんだから、しょうがないよね……」
誰に聞かせるわけでもない言い訳をしつつ、パッケージを破った。
その中から、一枚取り出して広げてみる。
「分厚い……。もこもこで……おっきい……」
普通の、いま穿いているようなパンツとはまるで違う。紙のようなさわり心地で、股間の部分は水分をたっぷり吸収するために分厚くなっている。そして。
「……かわいい」
ピンクのハートが散りばめられたデザイン。前の部分にはパステルカラーの英字が描かれているのが、とてもかわいい。
おむつといえば赤ちゃんのもののはずなのに、これは小学生のお姉さんでも……私でも違和感なく穿けそうなおしゃれなデザイン。
興奮のままに、ズボンとパンツを脱いで、手に持ったそれに足を通す。
「ふぁあ……」
下腹部を包む、ふわふわもこもことした感覚。味わったことはなかったはずなのに、なぜか懐かしくて、驚きについ声を漏らす。
……ここで、ふと微かな尿意を感じる。
トイレに行こうとして……やめた。
「……おむつって、こういう時のためにあるんだよね……」
全身が火照ったように熱くなる。
――よし、やってみよう。
深呼吸して、集中。
おしっこ出ろ……。おしっこ……。おしっこ……。
ひたすらに念じて、尿意を集中させていき――「出るっ!」
ちょろっと、一滴。それが引き金になった。
膀胱から解き放たれた水は、勢いよく音を立てて真っ白な下着へと降り注ぐ。不思議な高揚感と開放感が、私を襲い、包み込む。
長らくすることのなかった、トイレ以外の場所での排泄行為。それが、こんなにも気持ちいいなんて。
まぎれもない“失敗”。しかし、
その時の私は、快感で少しだけおかしくなっていたのかもしれない。だからこそ、こんなことを考えてしまった。
「これで学校行ったら……きっと楽しいはず!」
二日後、六月二日、火曜日。
月曜日は体育があるから、おむつをしていけばみんなにバレてしまう。これのせいでいじめられるかもしれないなんて考えてしまうと、昨日はとても実行できそうもなかった。
でも、今日は特に何もない火曜日。教室移動もないし、服を脱ぐようなこともない。
それに……六と二の語呂合わせで「おむつの日」なんて話もどっかで聞いたことあるし。
スカートの上から膨らんだお尻に触れ、そんなことを考えていた。そんな二時間目の授業中。
……なんだかトイレに行きたくなってきた。
やってしまおうかな。でも、教室でおもらしするのはいけないことのはずだし……。
うんうんと悩んでいる私。しかし、そこでちょんちょんと腕をつつかれた。
「なつきちゃん、もしかしておしっこ我慢してるの?」
隣の席の子が話しかけてくきて、私はつい慌てる。
「いやいやそんなわけないじゃん! 大丈夫大丈夫! 平気平気全然平気っ!」
「でも、顔真っ赤だよ?」
「きっ、気のせいだよ! あはははは!」
これでたぶんごまかせた、はず。
だけど、尿意まではごまかせない。むしろ現在進行形で高まっている。
頭に浮かぶ「おもらし」の四文字。だめだ、それだけは。いや、いいのか? だって、今はおむつを穿いているんだから……いや、いけない。
もう先生の話なんて聞こえていなかった。それほどまでに、切羽詰まっていて――やがて、何かが吹っ切れた。
「……もう……おむつしてるんだし……いいよね……」
誰にも気付かれないほどの小声で呟く。
興奮で顔が真っ赤に染まる。心臓がバクバクする。体が火照って熱い。
深呼吸してちょっと落ち着こうとした――そのとき、隣の席の子が、また腕をつついてきた。
「……なつきちゃん、さっきから変だよ? 保健室、いく?」
私は慌てて否定しようとして――
「あ……」
つい、声を漏らした。その時にはもう遅かった。
ちょろりちょろりと流れ出したせせらぎはあっという間に大河へと様変わりしていく。
ああ、ついにやっちゃった。
勢いを増す水流。しかし、それは足を伝うことすらなく、吸収されていく。
誰にもばれることのない“いけないこと”。それが私を興奮させて、おかしくさせる。
息は走った後みたいに荒くなって、顔は沸騰したみたいに熱くって。
「とっても…………きもちいい…………」
ほわほわした頭で、うわごとのように呟いて――そのまんま、意識は天へと飛んで行った。
そのあと、私は目覚めると保健室のベッドで寝かされていた。なんでかはわからないけど……大方、隣の席の子が先生に教えてくれたりとかしたのだろう。あの子、ずっと私のこと心配してたし。
それで、なんでかスカートをめくられてて。
「あ、おはよう。おむつ、合ってるかな」
保健室の先生が声をかけてくれた。
それから、その保健室の先生と担任の先生だけに、私が好奇心に抗えずにおむつで学校に来ちゃったことを話した。
怒るどころか「じゃあ、これは女だけの秘密にしようね」なんて笑って許してくれた先生には、感謝してもしきれない。
この日はこれ以上のおもらしもせずに、無事に授業にも出て、何事もなく帰った。
もこもこふわふわとした下半身に翻弄された火曜日は無事に幕を閉じて。
「……楽しかったなぁ」
この一日の非日常体験は、私の心に深く刻まれることになったのだった。
それからおむつが大好きになってまた時々学校につけて行ったり、それが友達にバレておむつ替えされることになったり、いつのまにかおねしょが再発して末永くおむつのお世話になることになったりするんだけど、それはまた別の話。
*
初出:2020/06/03 小説家になろう