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彼岸花


 赤い花が、咲き乱れた。

 ――悲しいほどに、綺麗だった。


「お姉ちゃん! ねぇ!」

 病床に伏す彼女に、私は叫ぶ。

 彼女は慰めるように言った。

「もう、大丈夫、だから……。泣かないで……」

「……いなくならないでよ……」

 私が泣きながら言うと、彼女はゆっくりと私に手を伸ばした。そして、苦しげに、しかし慈愛に満ちた声色で、あたかも仏のような笑顔で言った。

「大、丈夫。いなくなったりなんて、しないよ。いつも、いつまでも、一緒。だから、泣かないで? お姉ちゃんとの……さいごの、約束。……わかった……?」

 彼女の手をにぎり、もう片方の腕で涙をぬぐった。そして、精一杯の笑顔を作った。

「うん。約束! 私、もう泣かない!」

 彼女はもう一度微笑んで――眠るかのように、息を引き取った。


 ――というところで目が覚めた。

 カーテンを開け、窓の外を見ると、桜が舞っていた。

 それを見て、自分に言い聞かせるように呟く。

「今日から、高校生」

 真新しい制服に袖を通し、朝食を食べ、歯を磨き、そして仏壇に手を合わせる。

「行ってくるね、お姉ちゃん」

 そして、玄関を出た。

 桜吹雪の美しい坂道を下り、ふと道端に咲いていた花を見て、思い出す。

 季節外れの、彼岸花。

 秋に咲くはずのその花が、この時期に咲いていた。

 今夜見た夢。

 私の姉は、私が小学二年生のときに亡くなった。

 あの秋の日、葬式を行ったところに彼岸花が咲き乱れていたことは、今でも覚えている。

 病室の姉の言葉。最期の約束。

「私はもう泣かない」

 かみ締めながら、先を急いだ。


 チャイムが鳴る。

「ねぇ、知ってる?」

 クラスメイトが私に話しかける。

 入学式のその日に知り合い、仲良くなった人だ。

「なに?」

 聞くと、彼女は答える。

「この学校の七不思議の話。ここの中庭にはヒガンバナが植わってるんだけどね? それが一斉に咲いたとき、死んだ人にもう一度だけ会えるんだって!」

 どきりとした。

 もしそれが本当のことだったら、もう一度お姉ちゃんと話せるかもしれない。

「詳しく聞かせてくれる?」

 私は彼女に迫った。


 春か秋の満月の夜、一人でそこに行くと、彼岸花が咲くらしい。


 その日は満月だった。

 友達の家に泊まると嘘をついて、私は学校の中庭に行った。

 果たしてそこには、何もなかった。

「え?」

 暗い中、見えると期待した赤は、どこにもなかった。

 嘘を吐かれたのだろうか。

 誰もいない、はずなのに。

 否、後ろから土を踏む音が聞こえた。

「そこで何をしているの?」

 その高い声。

 この噂を教えてくれた友達だった。

「まさか、信じちゃったの?」

 やっぱり、嘘だったんだ。

「七不思議なんて誰かの作り話だって、考えればすぐにわかることだと思うんだけど」

 確かに、考えてみればそうだ。

「ごめん、真に受けちゃうなんて思わなくて……」

 私は土の上に膝をつき、泣き崩れた。

「じ、じゃあね!」

 彼女は走って逃げた。

 絶望した。ああ、絶望した。

 お姉ちゃんには、会えない。

 悲しみが心を支配し――


 ――どれくらい、時間が経っただろう。

 涙はとめどなく流れ、落ちていき――

 頬に手が添えられた。

 前を向くと、そこには――

「お姉ちゃん……」

「ほら、泣かないで」

 仏のような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた姉がいた。

 周りを見回すと、赤い彼岸花の海であった。

「すっかり大きくなったね」

 そう言って、お姉ちゃんは頭をなでた。

 私はお姉ちゃんに抱き着いて、泣いた。

「お姉ちゃん……。会いたかったよぉ……」

「もう、いつまで経っても、甘えん坊さんなのね」

 そう言いながら、お姉ちゃんは、私が泣き止むまで頭をなでて、背中をさすった。

 それからしばらく、お姉ちゃんが死んでからの出来事を話した。

 様々なことを夜通し語った。

 お姉ちゃんは驚いてばかりだった。それが少しかわいい、と思ったのは心の中だけの秘密にしておこう。

 そのうち、空が白んでくる。

 お姉ちゃんは静かに言った。

「もうお別れの時間ね」

「また、いなくなっちゃうの?」

 私はまた泣きそうになった。しかし。

「いなくなったりなんて、しないよ」

「……なんで?」

「あなたのことは、すぐそばで見守っているから。さっき話していたことも、みんな知ってた」

 ニュースは知らなかったけどね、と笑う彼女は、なぜだか輝いて見えた。

「だから、安心して。あなたのすぐそばにいるから」

「うん!」

 そう言って、最後に一度だけ抱き合った。

「じゃあね、お姉ちゃん」

 抱きしめたその熱が消えていくのを感じながら言うと。

「またね」

 彼女はそう言った。

 腕の中にあったその感覚は消えてしまった。

 私は、眩しい朝焼けの光に向かって、言った。


「お姉ちゃん、またね。……大好きだよ。――大好きだったよ」


 咲き乱れた赤い花は散っていった。

 ――とても、とても、美しかった。


   *


 初出:2019年度 とある高校の文化祭小冊子

(別ペンネーム、また身バレ防止のため学校名は伏せさせていただきます)


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