何故、こんなことをしたんだろう。
牢獄の中でつぶやく。
僕は何も悪いことはしていないはずなのに。
いや、この世界で愛を求めること自体が罪だったのか。なんと、この世界の理不尽なことよ。
僕は何をするでもなく、ただただ独り言をもらし続けていた。
「オイ、うるさいぞ、囚人」
看守ロボに怒られた。仕方がないので、最後に、こう締めくくる。
「お母さん、会いたいよ……」
記憶が、あふれ出す――。
**********
2026年。東京。
ここは、時代の最先端を行くまち。鋼鉄とコンクリートでできた、どこか無機質なまち。
そこで、僕の本当の母は警察に殺された。
理由は、内閣の意見に歯向かったから。
新しい法律に異議を申し立てて、その結果、粛清されてしまったのだ。
今の内閣は、ほとんど独裁政治みたいになっている。国会も裁判所もまるで機能していない。
歯向かうものは粛清。片っ端から、(物理的に)首を切っていく。大声ではいえないが、正直頭が狂っていると思う。
僕の母は、優しくて、泣き虫だった僕の背中をさすってくれていた。泣いて、泣き止んで、涙を拭くまで。
当時、僕は14歳。まだ自立できる年齢ではなかった。そのため、継母のところに行くことになった。
それから二年の間、僕は必死に生きてきた。
死ぬ気で働いて、少しばかりの金をもらい生きた。
今、この国にはカップルなど存在しない。国が決めた相手としか結婚できないからだ。
それによって、この国から結婚できない人間はいなくなった。その代わりに、自由恋愛がなくなった。
こんな法律ばかりを政府は量産している。まるで、世界から愛をなくそうとしているかのように。批判はあれど、逆らえば殺される。だから、黙るしかない。そんな社会だ。
事が起きたのは、一ヶ月ほど前。2028年の6月ごろ。僕は16歳。義母と一緒に買い物に行った。
「あそこにあるもの、取ってきて」
「はい」
無機質な会話をする。いつもこんな風だ。心を開くことは、できない。そうすれば殺される。
その帰り道のことだった。
「ねえ、いい加減、その敬語やめてくれない?」
「はい、すみません」
「だから、その堅苦しい口調をやめて?」
「その理由を聞いてもよろしいですか?」
「ちょっと、これじゃあ少し話しにくいでしょう」
「何故です? あなたは他人でしょう。話す必要など――」
「あなたの事が、知りたくなったの。話して」
「……駄目です。話したら、ころ、され……」
僕は、何故だか涙が出てきて、話せなくなった。
義母は、僕を優しく背中をさすった。
泣いて、泣いて、泣き止んで、涙を拭くまで、ずっとさすってくれていた。
それはまるで、本当のお母さんのように――。
僕は、ただ一言だけ、口にした。
「お母さん、大好き」
その瞬間だ。首輪から警報音が鳴ったのは。
二年前に定められた、「愛情禁止法」と呼ばれる法律により、全日本人に強制的につけられた首輪である。
これは、特定の
他人はもちろん、友人や家族にも「大好き」「愛してる」などの言葉を発すれば、即逮捕という代物である。
おかげで、事実上の言論統制となり、民衆から大規模なクーデターが起こった。しかし、それすらも全員逮捕・死刑となっている。そもそも、反乱を画策しようとしたところで首輪から警報音が出るため、絶対そういうことは起こらない。
子供の基礎学力などは多少上がったらしいが、夢や希望が失われた。
これこそ、母が必死で止めようとして、止められなかった法律だ。
そして、僕は逮捕されて今に至る。
僕は、母が死刑囚で、しかも重罪人であったことから、死刑となった。
明日は僕の死刑執行日。僕の命日だ。
最期の言葉を考える。しかし、何も思いつかない。
そういうものなのだろう。死ぬということは。
正直、死ぬのは怖い。しかし、それ以上にやるせない気持ちでいっぱいになった。
毎日のように、100人単位で流れ作業のようにギロチンの刃が落とされていく。政府の人間は殺人鬼なのでは、とよく思う。
人の命をよくこんなに安く捨てられるものだ。人間は使い捨てなのだろうか。
そのギロチンの刃のさびの一つになるだけの人生だった。それが、とてもやるせない。
世界は、何も変わらない。
そんなのは、いやだった。
せめて、10年前でも、平行世界でも、どこだっていい。僕の気持ちが届いてくれれば、きっと、世界は変えられるのかな。
……変わるといいな。
そう思って、誰にも届かないはずの手紙――遺書を書く。
<どこかにいる君へ>
僕は、明日殺されます。政府という名の、偽りの神によって――
**********
翌日。
看守ロボに「出ろ」と言われた。
温かみをすべて排除した機械看守。脱走を一切許すことはない。
そこには当然ながら感情はない。
「第一死刑室」
そう名づけられている、ギロチンの置かれた白い部屋。
例に漏れず、無機質で何もない。
僕は看守ロボによってその穴に首を押し込まれた。
そこに情けなんてものはない。
遺言を聞く制度も、数年前に「合理的でないから」という理由でなくなった。
「お母さん……会いたい――」
「うるさい」
看守ロボ――死刑執行も担当するらしい――が言う。そして、さらに首に電流が走る。
ああ、死ぬ間際にさえも愛を求められないのか。
神様、もしいるのなら、僕の願いを聞いてくださいよ。 ねぇ……。助けて……。
「なんで愛を求めちゃいけないの?」
「愛など社会に不要」
「何故?」
「不要」
ロボットはそれしかいえない。せめて聞いたのが人間なら――いや、人間もいまやもう機械のようなものだ。聞いたところでどうにもなりやしない。
僕は涙を流した。
なんで? 悪いことって、なに?
合理的でないこと?
……そうだったね。この世界は。
合理的でないことは、悪だったね。
こんな世界、もういやだよ。
ロボットがボタンを押した。
首に冷たいものが当たる。
「おかあさ――」大好きといえる世界にしてほしかった。
最期の言葉も言えずに、政府という殺人鬼によって、僕は消えた。
*
初出:2019/02/11 小説家になろう