瞼を開けると、そこは異世界だった。

「わあっ……！」

　歓喜の声が口から洩れる。

　目の前に広がるのは見た事のない街並みだ。石煉瓦の壁や駒形切妻屋根などパッと見は西洋風だが、鳥居や狛犬、屋根の上に乗った鯱しゃちほこなど所々で和風を主張している。看板に使われている文字は全て日本語であり、アルファベットは殆ど見られない。現実世界ではまず拝む事のない景色だ。

　――『朱無あかむ王国』。

　このゲームにおいて唯一実装されている国家。その中でも全てのプレイヤーが最初に訪れるのが、ここ『瑞加祷みずかとう市』だ。所謂『始まりの街』であり、今後の冒険において拠点となる一大都市である。

　周囲に視線を巡らせば、私と同じように街並みに目を輝かせるプレイヤーＰキャラクターＣが沢山いた。恐らくは私と同タイミングでゲームを始めたのだろう。背後を振り返ると、一際巨大な鳥居を構える神社があった。どうやら小高い丘の上にあるらしく、街に比べて視点が高い。ここがログイン地点か。

「よう、待たせるじゃねえか」

　などと観察していると声を掛けられた。声の主に目を向けると、そこには一人の女性が立っていた。

　黒いジャケットに黒いレザーパンツを身に着けた女性だ。ジャケットの襟と袖にはファーが付いていた。腰のベルトのバックルには狼が描かれていた。目つきは鋭く、口端には犬歯が覗く。身長は私とは逆に高く、スタイルはシュッとしている。全体的に格好良さを感じる容貌だ。

　ここまでならば現実にいる格好だが、衣服には上下共に魔術チックな紋様が描かれていた。背には現実なら銃刀法違反で捕まるであろう立派な剣を携えており、彼女もまた剣と魔法の世界の住人なのだと思わせる。

「真畏まい！」

　喜びと安心の気持ちで私は彼女に駆け寄る。

　彼女の名は野倉のぐら真畏。私の幼馴染だ。このゲームの参加者に応募する際、「一人じゃ怖いから」と彼女を誘ったのだ。運良く私も彼女も当選を果たし、こうして仲良く一緒にゲームを始める事が出来た。

　本当に凄い幸運だと思う。先も言ったが、テストプレイヤーの応募倍率は二十倍を超える。そんな中で私と真畏が揃っているのだ。見知らぬ世界で見知った人間が一人でもいる。これを奇跡と言わずして何を奇跡と言おう。