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第5話 炸丸子と布丁

「おい、あんなこと言って、一体どうする――」

「任せてください」


 ハオの言葉を最後まで聞かず、勲は調理台に乗っている野菜にざっと目を通す。


 蒸したかぼちゃが目に入った瞬間、勲の中に鮮やかなひらめきが起こった。

 鍋に沸かした湯に細かく切り刻んだにんじんを泳がせ、その間に卵と牛の乳、砂糖を使ってベースを作った。


 蒸したかぼちゃを木べらを使ってこしながら加え、ゆであがったにんじんを混ぜる。それらを器に移したあと、蒸し器にかけた。


 残りのかぼちゃには、さらに細かく刻んだ玉葱と彩り程度の青菜、蜂蜜と塩を加え、子どもが一口で食べられるサイズに握っていく。

 コロッケをイメージして作り上げるその料理には、薄くスライスして水にさらしたじゃがいもを千切りにした衣をつけ、油でこんがりと揚げた。


「なんだこの料理……」

「どうしてこんな早さで作れるんだ?」


 一瞬の隙もない勲の手際の良さに、料理人たちは感心を通り越して唖然としている。


 蒸し器で火を通したプリンの器を取り出した勲は、厨房の端にあったかめから水をくみ、その中に器を浸して冷やし、その間にコロッケの盛り付けを始めた。


 そうして手早く二つの料理――野菜のプリンとコロッケを仕上げると、食用花を飾った器に載せ、客席へと戻った。


「あっ、きた!」


 すっかり機嫌を直したらしい少女が、笑顔で勲を迎える。

 兄の方は勲の料理にまだ疑問を持っていたようだが、見栄え良く盛り付けられ皿を見て、不思議そうな顔をした。


「これが、野菜……?」

「そうだよ。甘くて美味しくしたものだ。これと一緒だよ」


 勲はそう言いながら、彼らの母親の食事を示す。兄妹が食べ残した野菜を引き受けた母親が、にんじんとかぼちゃを選んで示すが、少女は頬を膨らませ、首を振った。


「ぜんぜんちがうよ?」


 ぱちぱちと瞬きし、少女は野菜のプリンの方に手を伸ばす。


「あったかい……」

「食べてごらん」


 小さな木のさじを差し出して進めると、少女は楽しげにプリンをすくい、口元に運んだ。

 さじが入った部分に、にんじんが見えるが、気にはならない様子だ。


「んっ! んん~! おいし!」


 少女が目を輝かせ、足をばたばたとさせる。嬉しさのにじむ仕草に、勲も顔をほころばせた。


「お兄ちゃんも、どうだい? 一口でいいから」

「うん……」


 促され、少年もプリンをほんの少しすくって、口に運ぶ。


「どう……?」


 母親が興味深げに問いかけると、少年は黙ったままプリンをもうひとさじすくった。

 さじからはみ出すほどにすくいあげたプリンを、少年は大口で頬張り、笑顔で咀嚼する。


「あまくて美味しい!」

「あたし、これすき!」


 兄妹が止まらないといった様子で、プリンを口に運んでいく。


「こっちもどうかな? あまくて美味しいぞ」

「たべゆ~!」


 勲の言葉に反応し、少女が一口サイズのコロッケを口に運ぶ。口にしてすぐ、笑顔で両頬を押さえた。


「サクサクでふわふわだ~」

「僕も食べる!」


 妹に負けじと少年も箸を伸ばし、コロッケをほおばる。口にした瞬間、勲の方を見て何度も頷いた。


「おじさん! これすごい美味しい!」

「口に合ったならよかった」

「ええ……」


 空腹も手伝ってか、次々と食べ進める兄妹を目の前に、母親は半信半疑の視線を勲に向ける。


「……でも、これだけ夢中になって食べるってことは、甘いんでしょう? お菓子と変わらないんじゃ意味がないわ」


「試しにおひとつ、いかがですか?」


 勲は微笑み返し、母親にもプリンとコロッケを勧める。


「あげゆよ~」


 少女がさじにすくったプリンを、母親は怪訝な顔で口に運んだが、すぐに小さく声を漏らし、勲を見上げた。


「えっ? こんな薄味で、いいの……?」


 よほど甘い味を想像していたのだろう、母親が口元を押さえて目を瞬いている。


「ええ。子どもというのは、味覚が非常に鋭いのです。野菜が苦く感じるのもそのせいかと……」


 話しながら、勲の脳裏には常連客の少年、充の姿が浮かんでいた。 今や好き嫌いなくなんでも食べる子に成長したが、充が勲の店を訪れるようになったのも、毎日の食事の準備に疲れた母親が家の近くだからと足を運んだのがきっかけだった。


 そのとき初めて野菜を口にしたという充は、勲の料理に食べる喜びを見い出したのだ。


「お子様方は、いい舌をお持ちのようです。苦みを感じるものには少し甘みを足すなど、工夫されるとよろしいかと思います。お困りのときは、私のような料理人を頼るのも手ですよ」


 充との日々を懐かしく思い出しながら落ち着いた口調で説明すると、母親は眉を下げ、申し訳なさそうな顔をして子どもたちを見つめた。


「そう……。そうだったのね……」


 兄妹は母の視線には気づかず、笑顔でプリンとコロッケを口に運び続けている。


「お時間をいただいてありがとうございます。今日で野菜嫌いも、少し変わりそうですね」

「ええ……」


 この一度きりで野菜嫌いを克服するということはないだろう。

 それでも、笑顔で美味しそうに食べる子どもたちの姿を見られたことで、母親も肩の荷が下りた様子だ。


妈妈ママ! このおじさんが作った料理なら、もっと食べたい!」

「あたしも~!」


 無邪気な笑顔で宣言する兄妹に、勲は笑顔で頷く。


「また是非食べにおいで。いつでも待っているよ」


 幼い兄妹に充の姿を重ねながら、勲は深く頭を垂れた。


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