乾漆の円卓の上に、たくさんの料理が並んでいる。
温かいものは柔らかな湯気を立て、冷たいものは色鮮やかな食用花で飾り付けられ、品良く盛り付けられている。
料理を前に、二つの円卓を囲む九名は飲み物を手に、最後の一人を笑顔で迎えた。
「勲ちゃん、七十歳の誕生日おめでと~!」
最年少の常連客、五歳の
創作小料理屋の料理人、真渕勲はその場に屈んで充ごと花を受け取り、別の常連客が差し出した紹興酒の入ったグラスを掲げた。
「乾杯!」
勲の呼びかけに、その場の全員がグラスを合わせる。勲は充の花と自分のグラスを合わせて乾杯すると、充を父親に引き渡し、厨房へと下がった。
「おいおい、勲ちゃん。誕生日祝いなのに、主役が引っ込んじゃってどうするの」
乾杯の一杯目を既に飲み干した白髪の常連客が、勲を呼び戻そうと手招く。
「呼んでも無駄よ。この店でお祝いするってことは、そういうことなんだから」
琥珀色の紹興酒で唇を湿らせながら、幹事の三希が勲に目配せする。
勲はその視線に頷くと、揚げたての唐揚げをカウンターの上に置いた。
「勲ちゃん、これサクサクのやつ~?」
「ああ、そうだよ」
即座に反応した充に笑顔を向ける。充は歓談中の母親の袖を引くと、子供椅子から器用に降りてカウンターへと向かった。
「今日は、いいお手伝いさんがいて助かるな」
「うん。ぼく、お手伝いする!」
「充坊やは、生まれながらのこの店の常連だからな」
祖父と孫のような勲と充のやりとりに、常連客の中から和やかな笑いが起こる。
常連客が舌鼓を打ち、次々と箸を伸ばすので、円卓の上にあった食事は、見る間に減っていく。
勲はそのたびに出来たての料理を提供し、時折乾杯に応えて常連客とグラスを合わせては、紹興酒で唇を湿らせる。
「それにしても、和洋中、どれでもない創作料理ってのが、またたまんないなぁ」
「クラゲとズッキーニのサラダ、味付けがとっても個性的で美味しかったわ。あれは何を入れてるの?」
「隠し味にナンプラーとライムを少し」
即答する勲に、常連客は感嘆の声を漏らす。
テーブルには寄せ豆腐の天ぷらにみぞれ餡を合わせた小鉢が並ぶ。柚子と糸のように細く仕上げた白髪ネギをあしらった器からは、まだほんのりと湯気があがっており、常連客は話すのも忘れて次々に手を伸ばした。
「……んっ! これも絶品。やっぱり勲ちゃんの料理は最高!」
三希が勲に聞こえるように大きな声を上げ、満面の笑みを見せる。勲が不器用に頷くと、三希の向かいに座っていた充も拍手で勲の料理を褒めた。
充に合わせて、その場の全員が次々と勲に拍手を贈る。勲は目頭が熱くなるのを唇を噛んで耐え、深々と頭を下げた。
「……料理人にとって、自分の料理で喜んでもらえるのはなによりのご馳走だ。みんな、ありがとう」
* * *
勲の七十回目の誕生日を祝う貸し切りパーティのデザートは、充を喜ばせようと用意した、様々な種類のプチケーキだった。
「ほんとーに? これぜんぶ食べていいの?」
「どれも好きだろ? 全部合わせていつものケーキ一個分だぞ」
一口で食べられる小さなケーキを、全種類取り分けてもらった充が、目を輝かせて勲の言葉に頷いている。
「こういうの、子どもにとっては夢よねぇ」
「いくつになっても嬉しいもんさ」
心づくしの料理とデザートに喜んだのは、充だけではない。
「これ、記念日のメニューに入れるべきよ。ホールケーキなんてもう持ち込めないわ」
「甘さも控えめだし、重たくないんだよな。いくらでも食べられちまう」
「あんた、もうすぐ健康診断でしょ」
九名の常連客は軽口を交えながら、満足げにケーキをほおばっていく。
皆が童心に返ったような笑顔を見せ、食べ終わりには新しいメニューに加えるようにと三希が更に念を押すほどの盛況に、勲も顔をほころばせた。