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満福厨師~創作小料理屋のセカンドライフ~
藤本透
異世界ファンタジースローライフ
2024年08月11日
公開日
14,889文字
完結
「……包丁はそんなことに使うんじゃない。人を喜ばせるために使うもんだ!」
創作小料理屋の料理人真渕勲は、自身の70歳を祝う常連客との祝宴のあと、強盗に襲われ、意識を失う。
次に彼が目覚めたのは、中華料理屋と思しき厨房。周囲の人間は、彼を「シン」と呼び――?

※本作品はトライアル作品です※

第1話 祝宴

 乾漆の円卓の上に、たくさんの料理が並んでいる。

 温かいものは柔らかな湯気を立て、冷たいものは色鮮やかな食用花で飾り付けられ、品良く盛り付けられている。


 料理を前に、二つの円卓を囲む九名は飲み物を手に、最後の一人を笑顔で迎えた。


「勲ちゃん、七十歳の誕生日おめでと~!」


 最年少の常連客、五歳のみつるが花を手に駆け寄る。

 創作小料理屋の料理人、真渕勲はその場に屈んで充ごと花を受け取り、別の常連客が差し出した紹興酒の入ったグラスを掲げた。


「乾杯!」


 勲の呼びかけに、その場の全員がグラスを合わせる。勲は充の花と自分のグラスを合わせて乾杯すると、充を父親に引き渡し、厨房へと下がった。


「おいおい、勲ちゃん。誕生日祝いなのに、主役が引っ込んじゃってどうするの」


 乾杯の一杯目を既に飲み干した白髪の常連客が、勲を呼び戻そうと手招く。


「呼んでも無駄よ。この店でお祝いするってことは、そういうことなんだから」


 琥珀色の紹興酒で唇を湿らせながら、幹事の三希が勲に目配せする。

 勲はその視線に頷くと、揚げたての唐揚げをカウンターの上に置いた。


「勲ちゃん、これサクサクのやつ~?」

「ああ、そうだよ」


 即座に反応した充に笑顔を向ける。充は歓談中の母親の袖を引くと、子供椅子から器用に降りてカウンターへと向かった。


「今日は、いいお手伝いさんがいて助かるな」

「うん。ぼく、お手伝いする!」


「充坊やは、生まれながらのこの店の常連だからな」


 祖父と孫のような勲と充のやりとりに、常連客の中から和やかな笑いが起こる。

 常連客が舌鼓を打ち、次々と箸を伸ばすので、円卓の上にあった食事は、見る間に減っていく。


 勲はそのたびに出来たての料理を提供し、時折乾杯に応えて常連客とグラスを合わせては、紹興酒で唇を湿らせる。


「それにしても、和洋中、どれでもない創作料理ってのが、またたまんないなぁ」


「クラゲとズッキーニのサラダ、味付けがとっても個性的で美味しかったわ。あれは何を入れてるの?」


「隠し味にナンプラーとライムを少し」


 即答する勲に、常連客は感嘆の声を漏らす。

 テーブルには寄せ豆腐の天ぷらにみぞれ餡を合わせた小鉢が並ぶ。柚子と糸のように細く仕上げた白髪ネギをあしらった器からは、まだほんのりと湯気があがっており、常連客は話すのも忘れて次々に手を伸ばした。


「……んっ! これも絶品。やっぱり勲ちゃんの料理は最高!」


 三希が勲に聞こえるように大きな声を上げ、満面の笑みを見せる。勲が不器用に頷くと、三希の向かいに座っていた充も拍手で勲の料理を褒めた。


 充に合わせて、その場の全員が次々と勲に拍手を贈る。勲は目頭が熱くなるのを唇を噛んで耐え、深々と頭を下げた。


「……料理人にとって、自分の料理で喜んでもらえるのはなによりのご馳走だ。みんな、ありがとう」


   * * *


 勲の七十回目の誕生日を祝う貸し切りパーティのデザートは、充を喜ばせようと用意した、様々な種類のプチケーキだった。


「ほんとーに? これぜんぶ食べていいの?」

「どれも好きだろ? 全部合わせていつものケーキ一個分だぞ」


 一口で食べられる小さなケーキを、全種類取り分けてもらった充が、目を輝かせて勲の言葉に頷いている。


「こういうの、子どもにとっては夢よねぇ」

「いくつになっても嬉しいもんさ」


 心づくしの料理とデザートに喜んだのは、充だけではない。


「これ、記念日のメニューに入れるべきよ。ホールケーキなんてもう持ち込めないわ」


「甘さも控えめだし、重たくないんだよな。いくらでも食べられちまう」

「あんた、もうすぐ健康診断でしょ」


 九名の常連客は軽口を交えながら、満足げにケーキをほおばっていく。

 皆が童心に返ったような笑顔を見せ、食べ終わりには新しいメニューに加えるようにと三希が更に念を押すほどの盛況に、勲も顔をほころばせた。

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