これは婚礼より少し時間を遡る
いつものように私は畑の手伝いをしていた
この鬼守村は昔から稲作や畜産をしつつ隣村と交易などをして生活している
「紬ちゃんは働き者やねぇ、いつも助かるよ」
「頑張るくらいしか取り柄もないですからね、私に出来ることなら何でも言ってください!」
「ほんま良い子やわー」
私は小さい頃に両親を事故で亡くして両親が他所の村から移り住んだ場所だったこともあり親戚もいなく不憫に思った村の村長に引き取られた
それからは村長の奥さんの家事や畑の手伝いをして今年で16になった
「紬ちゃんならどこにお嫁さんに出しても恥ずかしくないねぇ」
「でもなかなか相手がいませんから」
私は少し苦笑いしながら返事を返す
そう、16歳になって成人として扱われるようになったからには出てくるのは結婚の話しだ
だが残念なことに色恋に疎い私には今のところそういう話とは無縁だろう
でもいつか運命的な出会いをして所帯を持って子供も産まれて家族で幸せに暮らす
そんな夢は私も1人の乙女として持ってはいる
何よりも断片的ではあるが覚えている家族と過ごした時間というのはかけがえのないものだった
だからまたあの暖かさに触れたくなるのだ
「もし、すいません」
そんなことを考えていれば少し高めのいかにも声変わり前という少年の声が響く
「おや、あんたは神社の鬼神様のところの奉公人の仙太郎くんじゃないか、どうしたんだい?」
「お忙しいところすいません、こちらに出雲紬様はいらっしゃいますか?」
「あ、はい! ここにいます、仙太郎くんどうしたの?」
私は作業の手を止めてそちらへと駆け寄る
「出雲紬さま、此度は無事ご成人なされたとのこと大慶至極に存じます」
そう言って仙太郎くんはペコリと頭を下げる
「あ、ありがとうございます」
見たところまだ齢2桁いっていないであろう見た目なのに仙太郎くんはいつも驚くほど丁寧な言葉遣いだ
話をしていて粗相のないようにとこちらが緊張してしまうほどに
やはり奉公先が神社ということもありそういうのに厳しいのだろうか
「そして今回私めが馳せ参じさせていただいた理由ですが出雲紬さま、貴女様を我が主鬼神の元へお迎えに上がりました」
「……え? な、何で私が鬼神様の元へ……」
鬼神様とはこの鬼守村が出来た時からずっとこの辺り一帯を守ってくださっている神様だ
ただ普段は住居である鬼神神社から出ていらっしゃることはほとんどなく祭事の時以外で用事があるときはこうして仙太郎くんが言伝てを預かってくる
ただその仙太郎くんにも不思議なところがあってこの見た目にそぐわない喋り方もそうなのだがずっと昔からこうして鬼神様の下男のようなことをしているが一向に歳を取ることがなくずっと幼いままなのだ
「ちょっと仙太郎くん! いったい紬ちゃんがなにしたってんだい! 紬ちゃんは鬼神様を怒らせるようなことするような子じゃないよ!」
慌てる私を庇うようにおばさんが私と仙太郎くんの間に割ってはいる
そう、この村は鬼神様によって守られている村、皆鬼神様を崇め奉っている
だがそれと同時に恐れられている存在でもあるのだ
鬼神様は普段滅多に顔を見せることがない上に唯一その尊顔を拝見できる祭事の時も言葉を発することもほとんどしない
だから底が知れないのだ
ただそんなものは恐れられている一辺に過ぎない
この村の人間なら誰もが知っている鬼神様にまつわる言い伝えがある
その言い伝えの影響で皆鬼神様を崇めると同時に恐れているのだ
そんな鬼神様からお呼びをかけられたのだ
だからおばさんは鬼神様が怒っているのだと考え庇ってくれているのだろう
その様子を見ていた仙太郎くんはかぶりを振って続けた
「ああ、勘違いをさせたようで申し訳ありません、鬼神様は紬さまのご成人をこの10年間心待にされておりました、それもこれも紬さまが齢16を迎え婚姻されるためです」
「婚姻、え? 私が? 誰と!?」
いきなりの婚姻という言葉に私は動揺を隠せない
「何を驚愕されていらっしゃるのですか? 誰も何も紬さまが婚姻するお相手が鬼神様以外に誰がいらっしゃるんですか」
次の瞬間仙太郎くんは笑いながらポイっと爆弾を投下した
「……は?」
私とおばさんは顔を見合わせる
「ですから、紬さまと鬼神様が婚姻をするにあたっての顔合わせのお迎えに参った次第です」
あまりに突拍子のない発言に軽く頬をつねってはみたもののどうやら夢ではないということがわかっただけだった