そんなクシャースラの姿に呆れたのか、やがて二人が出会うきっかけを作ってくれた親友が、セシリアについて教えてくれた。
セシリアはコーンウォール家という貴族の娘であり、セシリアの父親がオルキデアの父親と懇意の仲だったことや、セシリアの母親が元はラナンキュラス家のメイドだったこともあり、オルキデアとは子供の頃から付き合いのある幼馴染とのことであった。
コーンウォール家も元は貴族として名を馳せていたが、とある事業に手を出した際に失敗して多額の借金を抱えていた。
今は返済をしつつ、貴族とは名ばかりの平民と同じ様な暮らしをしていた。
セシリアには歳の離れた弟が二人おり、弟たちの学費や将来の為に、両親だけでなく、セシリアも学校が無い日は休みなく働いていた。
朝は父親の仕事である新聞配達を手伝い、家に帰ると多忙な母親の代わりに家族全員の朝食を用意して学校に行く。
学校が終わると母親が働く下町の花屋で一緒に働き、その後帰宅して弟たちの夕食を用意する。
弟たちが寝た後は高等学校の宿題や自習をしながら、両親と一緒に内職をする。
その合間にラナンキュラス家の管理も手伝っているとのことであった。
どの仕事もいつも丁寧で、高等学校の成績も悪くなかったらしい。
セシリアは高等学校を卒業すると、ますます休みなく働くようになった。
他の同級生たちが進学や結婚をしていく中で、セシリアは全てを諦めて、家の為に働く道を選んだ。
その頃にはクシャースラはオルキデアの友人として、セシリアとは顔見知り程度になっており、出会った頃よりセシリアと話せるようになっていた。ーーそれでもまだ緊張していたが。
一年もの間、足繁くセシリアの元に通っていたからか、ある時、いつものようにオルキデアの屋敷を尋ねる振りをして、セシリアに会いに行ったクシャースラは、屋敷から出てきた年配の夫婦に声を掛けられた。
夫婦とは以前オルキデアが屋敷にいる時に会っていた。
二人はセシリアの両親であった。
「アンタ、うちの娘にずっとまとわりついているらしいじゃないか」
眉を顰めながら話すセシリアの父親を「いきなり失礼でしょう!」とセシリアの母親が止める。
怪しまれていると思ったクシャースラは、すぐに深々と頭を下げる。
「不安にさせてしまい申し訳ありません。ですが、セシリアさんに危害を加えるつもりは決してありません!」
「……わかってるよ。うちの娘が好きなんだろう」
「なっ……!」
思わず、クシャースラは顔を上げると赤面してしまう。
そんなクシャースラの様子に構うこともなく、「そんなの一年も見ていればさすがにわかる」とセシリアの父親は鼻を鳴らしたのだった。
「娘の父親としては、『娘を嫁にやらん!』と止めるべきなんだろうがなあ……」
「まだ、結婚までは考えていなかったのですが……」
セシリアの父親に言われてクシャースラも気づいたが、セシリアと恋人になったその後をクシャースラは何も考えていなかった。
セシリアを好きになったのはいい。けれどもその先は?
自分はセシリアと恋人になった後、どうするつもりだったのだろう。
「アンタのことは、オーキッド坊ちゃん……。オルキデアから聞いている。真面目な好青年だと」
「はあ、そうでしたか……」
オルキデアはいつの間に話したのだろうか。
このことを後にオルキデアに聞いたところ、「セシリアが見知らぬ男に付きまとわれていると、彼女の父親から相談があった。で、調べたら犯人は顔なじみだったから教えたんだ」と、呆れ顔をされたのだった。
クシャースラが苦笑していると、「うちの事情は知っているか?」と真剣な顔で尋ねられる。
「まあ、多少は……」
「その上で、アンタに頼みがある」
そうして、セシリアの両親は頭を下げたのだった。
「娘をーーセシリアを助けて欲しい。あのまま働き続けたら、近い将来、あの娘は潰れちまう!」