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episode_0070

「ただ、心配なだけだ。猛禽な男どもに食われやしないかと」

「猛禽って……お前な」

「事実だ。俺が手出しをしないと思っているのか、寛いでさえいるくらいだからな。他の男の前でも同じことをやっているのかと思うと心配にもなるさ」


 そもそも敵国の男であり、結婚するまでは捕虜として身柄を捕えていたオルキデアと同じ部屋に住み続けていて、ああも落ち着いていられるものなのだろうか。

 普通なら身の安全を心配して然るべきだろう。未婚の女性なら特に。


 オルキデアが何も手出しをしないと思っているのか、自分が持つ女性としての魅力にアリーシャ自身が気づいていないのか、そもそもそういった防犯意識に欠けているのか。果たしてどれなのだろう。


「お前さんを信用しているから、寛いでいるんじゃないのか?」

「どうだかな。まあ、契約結婚とはいえ最低限の務めは果たすさ。……アリーシャの夫としてな」


 契約婚を解消する時まで、アリーシャの身の安全と生活、そして貞操ーー処女を守る。

 オルキデアの事情に付き合ってもらう以上、それくらいはやるつもりだ。

 そうしなければ、今後アリーシャと真に結婚する相手に失礼だろう。オルキデアなりに操を立てるつもりであった。


「そうか……。ああ、頼まれものを持って来たぞ。全く人使いが荒い」

「助かる。お礼に今度一杯奢ろう」


 クシャースラから二通の封筒を預かるとその場で開封する。

 一通は白紙の婚姻届だった。

 これにオルキデアとアリーシャのサインを書いて国に提出する。国に受理されれば、二人は正式に夫婦となる。

 もう一通はアリーシャのこの国での偽の経歴書だった。

 これはアリーシャに渡して、覚えて貰わねばならない。


「セシリアとコーンウォール家は何と?」

「普段から世話になっているから、これくらいは構わないってさ」


 クシャースラの妻であるセシリアとセシリアの両親であるコーンウォール家の夫婦には、クシャースラを通じてアリーシャの偽の経歴書作りに協力してもらった。

 今後、アリーシャは元王族であるシュタルクヘルト家の血を引くシュタルクヘルト人ではなく、古くから北部地域に住んでいた原住民の血を引くペルフェクト人であり、セシリアの実家であるコーンウォール家の遠縁の親戚となる。


 アリーシャを北部地域の原住民にしたのは、彼女の髪色に理由がある。

 おそらくアリーシャの母親は、ペルフェクトの北部ーー現在の戦争の最前線である地域の出身だろう。

 アリーシャの藤色の髪は古くからペルフェクトの北部地域に住む原住民に多い色だ。北部が戦場となった際に原住民は国内外に避難して散り散りとなってしまったので、北部地域にはもうほとんど残っていない。王都でもたまに見かけるがそれでもほんの少数だった。

 それ以外のペルフェクト人の大半はオルキデアのダークブラウンの様に、黒や茶などの色素が濃い者ばかりであった。そういう者はシュタルクヘルト人を始めとする異国人の血を引く者に多い。次いで多いのはクシャースラたちの様な金髪系だが、こっちはペルフェクトの南部地域を中心に多い色だった。


 それを利用して、アリーシャを北部地域に住んでいたコーンウォール家の遠縁の親戚という事にする。

 戦争に巻き込まれて両親が亡くなり、その後、コーンウォール家を頼って王都にやって来る。

 コーンウォール家に住んでいたところ、クシャースラを通じてオルキデアと知り合い、結婚したという事にする。


 コーンウォール家はラナンキュラス家と同じで、今は名ばかりになってしまったが貴族のひとりである。

 その遠縁となれば、母のティシュトリアも貴族の血を引く者として考えるだろう。

 両家は国の建国に関わっておらず、国に貢献するような功績も挙げていないので、国から記章は与えられていないが、どちらも古くからある家柄だ。


 コーンウォール家も借金や浪費が原因で、名ばかりの貴族となってしまったが、昔はそれなりの貴族だったと聞く。

 ラナンキュラス家とは父の代から深い関係があり、ティシュトリアも無下には出来ないだろう。


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