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episode_0066

 仕事が忙しいエラフだったが、まだ幼いオルキデアが寂しがらないように、どんなに遅くなっても、毎晩必ず屋敷に戻って来た。

 帰って来れない日は、必ず信頼のおける誰かを側に置いてくれた。


 仕事が休みの日は、朝早くからオルキデアの相手をしてくれた。

 疲れているはずなのに、あちこちに出掛けては自然や文化に触れる機会を作り、時間が許せば旅行にも連れて行ってくれた。

 王都の郊外にある山や海に行っては、身分問わず多くの人と触れ合う時間を息子に与えてくれたのだった。

 知識だけでなく、生きていく上で必要な術や人として大切なものをエラフは教えてくれた。それは今のオルキデアを形成する大切な要素となっている。


 オルキデアもそんな父の力になりたいと、士官学校に入学した。

 エラフと同じ文官ではなく、軍人の道を選んだのは、士官学校の学費の免除制度にあった。

 入学時に優秀な成績を収めれば、最初の一年分の学費が免除される。

 在学中も優秀な成績を収めれば、引き続き学費が免除される制度だった。


 また、在学中に免除制度を利用出来なくても、軍人になって相応の成果を上げれば、士官学校の学費が返還された。

 どうにかして学費が返還されれば、少しでも家計が苦しかったエラフの力になれると思っだのだ。

 実際に、二十代にして数々の功績を挙げたオルキデアは士官学校から学費が返還されたのだった。


 軍人としてのオルキデアの原点と今のオルキデアの根幹、その全ては尊敬する父にあると言っても過言ではないだろう。


「素敵なお父様ですね」

「そうだな」


 ふふっと、アリーシャが微笑む。

 敬愛する父を褒められて、オルキデアも誇らしい気持ちになる。


「話を戻そう。さっき母上がやって来たのは俺に縁談を持ってきたからなんだ。俺は結婚するつもりはない。興味がないからな」


 両親を見ていたからだろうか。オルキデアは結婚や恋人に興味が無かった。

 男色でもなければ、女性が嫌いという訳でもない。ただ単に関心が無いだけだった。

 ラナンキュラス家の存続など関係ない。

 父のように、一人の女性に縛られて、人生を狂わされるのが嫌だった。


 それに恋人や伴侶などの大切な存在を作ってしまうと、有事の際、オルキデアを無力化させる為に、恋人や伴侶が敵の人質や敵襲の被害に遭う可能性があった。

 そうなれば、オルキデアは全力を出す事が出来ない。オルキデアが手を出してしまえば、敵側はオルキデアの大切な存在に危害を加えるだろう。命を奪われてしまう事も考えられる。

 軍人としてのオルキデアにとって、恋人や伴侶という大切な存在は弱点になりかねなかった。


 ーー弱点を持つということは、弱みを持つという事。


 弱くなりたくなければ、極力、弱点を減らすしかない。

 以前、クシャースラがセシリアと結婚すると打ち明けた際にこの話をしたところ、「そうかもしれんが、お前なあ……」、と苦笑されてしまった。

 それでも、オルキデアは今更、弱点を増やしたくなかった。


 父が亡くなった今、オルキデアには家族がいないーー母は論外だ。

 今のオルキデアには家族という弱点が存在しない分、他の兵に比べて身軽であった。


 ーーこれで、何があっても迷いなく死ねる。誰も悲しませずにすむ。


 唯一の心残りは、オルキデア亡き後、残されたラナンキュラス家の遺産がティシュトリアの手に渡ってしまう事だが、それは仕方がないと割り切る事にする。

 それでも自分の中で蟠りとなって、どうしても割り切れないようなら、遺言書を用意して、親友夫婦と、父が存命だった頃から世話になっていたコーンウォール家に分けよう。

 クシャースラにも、セシリアにも、親友夫婦にはこれまで散々迷惑をかけた。

 父が亡くなった時には、葬儀や諸々の相続手続きで、コーンウォール家にも世話になった。

 彼らなら、ラナンキュラス家の遺産を良い様に使ってくれるだろう。


「さっきは君のおかげで助かった。どう切り抜けたらいいか分からなかったからな。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう。アリーシャ」

「いいえ! これまでオルキデア様にしていただいた事に比べたら大した事ではありません!」


大した事ではない、と言いつつも、アリーシャの顔は赤く染まっていた。ティシュトリアに叩かれたところ以外も赤くなっていたので、これはアリーシャの感情を表しているのだろう。


「今回は君のおかげもあって断れたが、次も同じ手が使えるかわからない。それどころか、あの様子だと君に変わる縁談相手をどうにかして見つけてくるだろう。そこでだ君に提案したい事がある」

「提案ですか……?」

「君がこの国に残れて、俺が結婚しなくてもいい方法だ。母上にも話してしまった以上、本当にその通りにしないと怪しまれてしまうかもしれないからな」

「それは……」


 何を言われるのかと、じっと身構えるアリーシャから緊張が伝わってくるような気がした。そんなアリーシャの姿に微笑ましい気持ちになり、オルキデアは口元を緩めてしまう。


「なあ、アリーシャ」


 オルキデアは息を吸うと足を組み直す。

 そうして腕を組むと、口元を緩めたのだった。


「俺の妻と恋人、どっちがいい?」



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