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episode_0065

 アリーシャを連れて部屋に戻ると、アリーシャをソファーに座らせて、オルキデアは濡れタオルの用意をする。

 ティシュトリアに叩かれた頬は時間が経つ程に目立ってきていた。アリーシャが白皙なこともあり、柔らかな色白の面差しの内、叩かれた頬だけ赤みを帯びて腫れている様に見えたのだった。


(治ったばかりだったんだがな……)


 白い濡れタオルを頬に当てて冷やしているアリーシャを見ていると、つい最近まで怪我をした頬にガーゼを貼っていたのを思い出して胸が苦しくなる。

 そうしている間に食堂に行かせていた部下が紅茶を載せたトレーを持って戻って来たので、オルキデアは部屋の入り口で受け取ると、ここで見た事は他言無用であると指示を出して、今日はもう帰したのだった。


「アリーシャ、飲み物が届いた。少しは飲んだ方が良い、落ち着くからな」


 アリーシャに声を掛けながら、目の前のテーブルに紅茶のカップを置く。アリーシャは濡れタオルと引き換えにカップを両手で持つと、何度か息を吹き掛けてから、そっと口をつけたのだった。

 そんなアリーシャの姿にオルキデアは安堵すると、アリーシャの向かいに腰を下ろしたのだった。


「アリーシャ、本当にすまなかった。俺の母が迷惑を掛けて」

「やっぱり、オルキデア様のお母様だったんですね」

「気づいていたのか?」

「オルキデア様によく似た顔立ちだったので……」


 アリーシャの言葉に、オルキデアの顔が引き攣る。

 ティシュトリアとの繋がりをこれまで考えたことも無ければ、似ていると誰かに言われたことも無かった。

 いつも母親のティシュトリアについて、何も考えないようにしていたのだった。


「……そんなに、似ていたか?」

「近くで見たら、顔立ちが似ているように見えたので……。あっ、すみません! 違っていましたか?」


 オルキデアの顔が引き攣っているのに気づいたのだろう。いつもの調子に戻ってきたアリーシャが慌てて謝った。


「いや、間違ってない。ただこれまで似ていると言われた事がなかったから驚いただけだ。見比べられる事もほとんど無かったからな」

「お母様なのに?」

「ああ、あれは確かに俺の母親だ。…… 母親らしい事は何一つやっていないが」


 そうして、オルキデアはティシュトリアについて詳細を語った。

 最初は興味深そうに聞いていたアリーシャだったが、途中で驚いたかと思うと、肩を落としたのだった。


「オルキデア様にもそんな過去があったんですね……」

「ああ。……ある意味、俺たちは似た者同士だな」


 父に愛されなかったアリーシャと、母に愛されなかったオルキデアーー片親に愛されなかった者同士。


「似た者同士、かもしれません。

 でも、私は母に愛されていました。母と暮らしていた頃の思い出もあります。オルキデア様に比べれば、まだ良い方です」

「それを言うなら、俺だって父上に愛された過去がある。俺が軍人になったのも父上がきっかけだ」


 オルキデアは母のティシュトリアには愛されなかったが、代わりに父のエラフからは可愛がられた。


 父は一度だって、妻の件で息子を責めなかった。

 子供が産まれれば家に留まるだろうと思っていたティシュトリアが、オルキデアを産むと用は済んだとばかりに屋敷を出て行き、帰って来なくても。


 これは父の死後、葬儀に来てくれた父の知り合いが教えてくれた話だが。

 一部の心ない使用人や父の知り合いたちは、「産まれたのが息子ではなく娘だったら、家に留まったのではないか」と言っていたらしい。

 その度に父は「そんなのはわからないだろう!」と一蹴していたそうだ。


 父はいつだってオルキデアの味方であり、母の件で息子が困らないようにしてくれた。

 子供の頃はわからなかったが、大人になってからは、父のその優しさが如何に大きいものだったかを知った。

 父亡き今となっては、もう感謝を伝えられないのがもどかしい。

 父が生きていた頃に知っていたら、数え切れない程の感謝を伝えられたのにーー。



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