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episode_0060

 オルキデアが士官学校に入学した十六歳の春。


 ティシュトリアがラナンキュラスの名を使って、勝手に肩代わりした借金の取り立てが屋敷にやって来た。

 平民とも関係を持つようになったティシュトリアは、彼らが持っている借金の肩代わりを繰り返して、決して少なくはなかったラナンキュラス家の屋敷の財産を食い尽くそうとした。


 使用人からその知らせを受けたオルキデアが、全寮制の士官学校の寮を抜け出して屋敷に戻った時には、落ち込む父のエラフと途方に暮れる使用人以外、財産と呼べるものはほぼ何も残っていなかった。


「父上……」

「大丈夫だ。オルキデア。大丈夫だからな……」


 息を切らしたオルキデアが、年季の入った椅子ーーこの椅子は古い事を理由に取られなかったらしい、に座って肩を落としていた父に近づくと、エラフは力ない笑みをオルキデアに向けたのだった。


 実際にオルキデアが士官学校を卒業する間に、エラフは屋敷のみ取り返した。

 だがその間も、ティシュトリアはラナンキュラス家の財産を食い続けた。

 懇意で屋敷に残ってくれた使用人たちは、早くティシュトリアと離縁する様に何度も自分たちの主人に勧めたらしいが、エラフは縁を切ろうとしなかった。それは息子のオルキデアが勧めても同じ事だった。


 父の代から続く、ティシュトリアの生家との縁ーーそれはエラフの死後に切れたが。を守りたかったのか。それとも、ティシュトリアがこうなった責任を負っているつもりなのか。とうとう分からないままだった。


 その後、エラフは心労がたたって急逝した。

 オルキデアが士官学校を卒業して、新兵として配属された二十歳の時だった。

 屋敷を取り返す為に無理をして働き続けた結果、身体を壊したのだろう。

 それでも治療も何もせずに働き続けた結果、エラフは職場で倒れて、そのまま帰らぬ人となったのだった。


 エラフの葬儀はオルキデアと屋敷に残っていた使用人、父の知り合いたちで取り行った。

 けれども、ティシュトリアは遣いを出しただけで、エラフの葬儀どころか死に顔さえ見に来なかった。


 最後にティシュトリアに会ったのは、オルキデアが士官学校を卒業した日ーーエラフが亡くなる数ヶ月前であった。

 下町の酒場で、クシャースラら同期と飲んだ帰り。

 下町に住んでいると思しき男と腕を組んで、歩く母の姿を見かけたのだった。

 この時、オルキデアに気付いて声を掛けてきたティシュトリアと、何か言葉を交わした気がするが、酒が入っていた事もあり、何も覚えていなかった。


 それから、父が亡くなって二年後。

 二十二歳になったオルキデアは、戦争の最前線である北部基地に配属されることになった。

 その際に、オルキデアは使用人を全員解雇して、父との思い出が詰まった屋敷を手放した。中にはオルキデアが北部基地から戻って来るまで屋敷に残ると言ってくれた使用人もいたが、これ以上、使用人たちに迷惑をかけさせたくなかった。

 軍部の近くに別の屋敷を購入し、その屋敷の管理をコーンウォール家に託した。


 コーンウォール家は、クシャースラの妻であるセシリアの実家であり、オルキデアが生まれる前からラナンキュラス家と関わりのあったセシリアの母の嫁ぎ先でもあった。

 セシリアの父はオルキデアの父と懇意の仲であり、昔から何かとオルキデアの身を心配してくれた。

 セシリアとセシリアの母、セシリアの二人の弟も、父の葬儀の際に手伝ってくれた。

 コーンウォール家なら、屋敷を悪用しないだろうと、オルキデアは管理をお願いしたのだった。


 そうして身の回りを整理すると、オルキデアは北部基地に向かった。

 北部基地から帰って来てからは、屋敷には着替えを取りに帰るだけで、ほとんど立ち寄らなかった。

 ティシュトリアがオルキデアの元を訪ねて来たという話も、今日まで無かったのだったーー。


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