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episode_0048

 アリサが十六歳になる頃には、老齢のメイドは歳を理由に仕事を辞めてしまい、掃除や洗濯、食事の用意など自分の身の回りのことは、全て自分でやらなければならなくなった。


 父がアリサにつけてくれたメイドは、元は父付きのメイドだったというこの老齢のメイドだけだった。

 アリサが出会った頃から既に高齢だったこともあり、一人で部屋の掃除や洗濯、アリサの食事の用意をするのが大変そうであった。

 アリサをここに連れて来たもう一人の使用人は、いつも忙しそうで頼れそうになかった。屋敷内には他に頼る当てもなかったので、アリサは誰にも相談出来ず、自力でなんとかしなければならなかった。


 またその頃には、両親について、使用人や人伝てに聞いていた。

 娼婦だった母は、父に買われて、愛人としてシュタルクヘルト家で暮らし始めたが、元娼婦という出自から、父の後妻や他の愛人たちに疎まれ、ずっと嫌がらせを受けていた。

 アリサが生まれてからは、嫌がらせは更に過激になり、やがて自分とアリサの身に危険を感じたのだろう。

 ある日突然、母は少ない荷物をまとめると、アリサを連れて娼婦街に戻ったとのことだった。


 最初の頃は、父の命を受けた使用人ーーアリサと母を娼婦街から連れ出した使用人、が何度か母の元を訪れては、連れ戻しに来ていたらしいが、母が頑として父の元に戻るつもりは無いことを知ると、いつしか諦めて母の元に来なくなった。

 ただ、母の元に来なくなっても、遠くからずっと親娘を見守っていたのだろう。

 そうでなければ、母が亡くなってすぐアリサを迎えに来られるはずがなかった。


 ある日、アリサが自分の洗濯物を洗いに行った時、たまたま使用人たちが両親の噂をしているところを聞いたが、どうやら、父は母がアリサを身籠もると、母に興味を失ったらしい。

 アリサを身籠もるまでは、父は頻繁に母の元に通っていたが、妊娠が発覚してからは一度も行かなかった。

 唯一、アリサの出産の時に顔を出したらしいが、それ以降は母にもアリサにも会いに来なかった。

 その後、母はアリサを連れて屋敷を出たが、父は一度も親娘に会いに来ることはなく、使用人が母を説得している間も、父は一度も母とアリサの元に足を運ばなかったとのことだった。


 その頃には、アリサも理解していた。


(もう誰も、私を愛してくれる人はいないのね)


 唯一、アリサを愛してくれた母は死んだ。

 父は無関心で、兄弟や姉妹たちはアリサの存在を認めなかった。使用人たちもそんな父や兄弟姉妹たちに従っていた。

 屋敷の外の人間は、元王族だったシュタルクヘルト家に一歩引いて接していた。

 母以外にアリサを愛してくれそうなのは娼婦街だったが、父に引き取られる際に、娼婦街と連絡を取ることを禁止されたので、アリサの面倒を見てくれた母の友人たちや一緒に遊んでくれた子供たちがどうなったのか分からないままだった。

 もうこの国のどこにも、アリサを愛してくれる人は存在しなかった。


 悲しい、苦しい、とは考えないようにした。

 アリサには母に愛された過去があった。

 過去に浸っていれば、母に愛された過去を思い出して、幸せになれた。

 娼婦街に限らず、シュタルクヘルトの国民の中にはペルフェクトとの戦争が原因で、両親の顔を知らない者が多い。

 それに比べれば、母を知って、母からの愛を知っているアリサは幸せ者だろう。

 そう考えて、いつも自分を奮い立たせていた。ーー特に、心が辛く、泣きたくなった時には。


 やがてアリサは、父や他の家族の邪魔にならないように、息を潜めて生活をするようになったのだった。



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