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episode_0046

 アリサが十歳の時、とある冬の日に母は病気で亡くなった。

 数年前から母は性病を患っており、それが悪化して死んだと、アリサの代わりに、医師から話を聞いたという母の娼婦仲間から教えられた。

 娼婦街では珍しい話ではなかったので、アリサはあまり驚かなかった。

 娼婦にとって、性病は切っても切り離せない病の一つであった。

 性病に罹っても、満足な治療が出来ない娼婦街では、毎年多くの娼婦が性病で命を落としていることを知っていたからであった。


 母が亡き後、母が働いていた娼館の娼婦や近所の人たちが、母の葬儀の手配から、アリサの面倒まで全てを見てくれた。

 母がいなくても、母の知り合いやいつも遊んでくれた娼婦街に住む娼婦の子供たちが傍にいてくれた。

 それもあって、アリサは母が死んで、一人になっても悲しいとは微塵も思わなかった。

 これからしばらくは、周囲に助けてもらいながら、大人になるまでは娼館で下働きとして働き、大人になったらいよいよ娼婦として働きながら、一人で生きていくのだろうと思っていた。


 後から思い返せば、この頃がアリサにとって最も幸せな時期だったのかもしれない。

 その後の日々を思えばこそーー。


 母の喪が開ける直前、一人で生きていく決意を固めたアリサの元に、父の遣いを名乗る老齢の男が迎えに来た。

 老齢の男は、父がアリサを引き取って、自ら育てたいという伝言を言付かってきたということだった。


 それまで、アリサは父を知らなかった。

 アリサは母の生前、アリサが生まれた直後に、資産家である父と離縁して娼婦街に戻ってきたと聞かされていた。

 父から一方的に離縁されたのだと。

 けれども、実際はそうではなかった。


 母は娼婦として道端で客引きをしていた時に、この父の遣いを名乗る男と出会った。

 ペルフェクト語が話せることを気に入られて、多額の金で買われて娼館を出た。

 男に連れられた先で出会ったのが、アリサの父である資産家の男だった。


 その資産家の名前は、サム・トリスタン・シュタルクヘルト。

 かつて、この国を治めたシュタルクヘルト家の直系の血を引く一族ーー今は廃止された元王族の子孫であった。


 父は若くして正妻を亡くした後、後妻を持ち、それ以外にも複数人の愛人を持っていた。

 母はそんな複数人いる愛人の一人であり、アリサも十三人いる子供の一人に過ぎなかった。


 そんな愛人たちの中でも、元は娼婦だった母は愛人たちの中でも格下に見られ、他の愛人や屋敷で働く使用人たちから嫌がらせを受けていた。

 そんな環境に耐えられなかった母は、アリサを産むと、アリサを連れて屋敷を出たとのことだった。

 父から離縁したのではなく、母がアリサを連れて勝手に屋敷を出たのだと。


 母が亡くなったのを知った父は、アリサを引き取る為に、遣いの男を娼婦街に寄越したとのことだった。

 何故、今まで母とアリサを放っていた父が、母が亡くなった途端、急にアリサを引き取ろうと言い出してきたのか不思議に思ったが、シュタルクヘルト家の血を引く者が、娼婦として働くのは外聞が悪いからだろう、と遣いの者から事情を聞いてくれた娼婦が話してくれた。


 この時のアリサにはシュタルクヘルト家がどんな家なのかよく分かっていなかったが、父が実の娘を引き取りたいと言っている以上、アリサに選択の余地は無いような気がした。


 そもそも、娼婦街には父親が誰か分からない子供が多数住んでおり、そんな子供たちは母親が亡くなった後、誰もが苦労しながら一人で生きていた。

 そんな中、母が亡くなった話を聞きつけて、その子供を引き取りたいと言ってくれるだけ、まだ自分は幸せな方ではないかと気づいたからだった。


 そうして、春が来る前に、アリサは父が待つシュタルクヘルト家に引き取られた。

 遣いの男を通じて、二度と娼婦街に戻らないと父に約束させられてーー。


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