小声でクシャースラに声を掛けられて、オルキデアはハッとする。すっかり、アリーシャに見惚れてしまった。
「よく似合ってる」
「ありがとうございます! 嬉しいです……」
胸の前で手を組んで、ほっとしたように微笑むアリーシャの姿に、自然と口元が緩む。
医師に勧められた通り、アリーシャに物を買って与えるにしても、何を選べばいいのかわからなかった。
宝飾品は一応は捕虜の身であるアリーシャに渡すわけにはいかなかった。携帯電話も同様の理由から渡せない。食べ物にはまだ不安があるだろう。
本やカードなどの暇を潰せる物も良さそうだったが、今のところは執務室の片づけで暇潰しを出来ているようだった。
それなら、使い道に困らない日用品が無難だろうと考えた。
捕虜とはいえ、服や化粧品があれば、自由になれない窮屈な日々の中でも、細やかな気分転換くらいになるだろう。
どれくらい、アリーシャがここに居ることになるかわからない以上、替えの下着や女性用品も、もっと用意してもいいかもしれない。
そう決めたのはいいが、男であるオルキデアには、女性向けの服や化粧品が全く分からない。
そこで身近にいる女性の内、オルキデアとも懇意の仲であるクシャースラの妻のセシリアにお願いした。
見た目からして、アリーシャとセシリアは同年代だろう。それなら、アリーシャの年代が着るような服や化粧品にも詳しいだろうと思ったのだった。
「セシリアにもよく礼を言っておいてくれ」
「ああ。伝えとくよ。ところで、コーヒーが空になってしまった。もう一杯貰えるか?」
空になったコーヒーカップを指して、クシャースラは言う。
意図しているところに気づいて、オルキデアはアリーシャに向き直る。
「食堂に行って、二人分のコーヒーを貰ってきてくれるか。ブラックで構わない」
「それはいいですが……。ここから出ていいんですか?」
瞬きを繰り返すアリーシャに、オルキデアは頷く。
「廊下に俺の部下がいる。一緒に行くといい」
オルキデアたちが話している間に、クシャースラが廊下にいたオルキデアの部下である新兵を呼んでくれたようだった。
オルキデアから話を聞いた新兵は、「ええっ!?」と小さく叫んだのだった。ーー当たり前だが。
「よろしいんですか? 今は自分しかいません。途中で逃げ出したり、怪しげな真似をされたりしたら、対処出来るかどうか……」
訝しむ新兵の視線から逃れるように、アリーシャはクシャースラの背に隠れてしまった。
オルキデアは「そうだな」と返した。
「逃げるつもりがあるなら、とっくに逃げているだろうな。その機会は、何度もあったはずだ……俺を害する機会もな。それでも、ここに居るんだ。少しはアリーシャを信じてもいいと思ったんだが」
オルキデアの執務室の片付けの最中や、続き部屋の仮眠室の窓から、アリーシャは逃げようと思えば逃げられただろう。
念の為、オルキデアたちが帰還する前に、部下に頼んで、仮眠室の窓の下に人感センサーを設置してもらった。
万が一、アリーシャが窓から脱走した場合、音が鳴って周囲に知らせてくれるようにという意図だった。
けれども、今まで人感センサーが鳴ったことがなければ、アリーシャは今もここに居る。
どんな理由があるにしろ、まだオルキデアの元に居てくれる。
それもあって、少しはアリーシャを信用してもいいんじゃないかと考えたのだった。