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episode_0093

 セシリアと初めて出会ったのは、クシャースラたちが士官学校を卒業した年であった。

 父親が急逝して喪に服していたオルキデアの様子を見に、彼の屋敷を訪ねた時のことだった。


 冬のある日、休暇を取ったクシャースラは王都の貴族街の端に住むオルキデアの実家であるラナンキュラス家を訪ねた。

 その年の夏の終わりにオルキデアの父親は職場で倒れて、そのまま息を引き取った。

 知らせを受けたオルキデアが病院に着いた時にはまだかろうじて息はあったらしいが、その後すぐに息を引き取ったらしい。


 その次の日からオルキデアは父親の葬儀や相続の手続きで、しばらく軍を休んでいた。

 オルキデアの母親は葬儀にも参列せず、屋敷をずっと不在にしていると聞いていた。

 オルキデアは母親の代わりに、父親と懇意の仲だったという貴族の力を借りて葬儀の全てを取り仕切り、諸々の手続きを済ませたらしい。

 新兵だったクシャースラはなかなか休むことが出来ず、またオルキデアとは別部隊に配属されたこともあって、オルキデアの父親が亡くなった話も随分と時間が経ってから聞いたのだった。


 そんなクシャースラがようやくオルキデアに会いに行けたのは、オルキデアの父親の葬儀から半年が経った頃であった。

 仕事に復帰したオルキデアだったが、父親の遺品整理で休暇の度に屋敷に帰っていた。

 この頃のオルキデアは、遺品の整理が追いつかないことを理由に数日ずつまとまった休暇を取るようになった。

 当時のオルキデアの上官も父親が亡くなったばかりで大変だろうと、オルキデアが数日間屋敷に戻って遺品を整理しつつ、喪に服すのを許可していた。


 母親だけでなく、屋敷には使用人もいないと聞いていたクシャースラは、そんなオルキデアが心配になった。

 見舞いの品として新兵には高価な酒を片手に、休暇を利用してオルキデアの様子を見に行ったのだった。

 屋敷の場所はオルキデアと同じ部隊に所属していた同期生に聞いた。

 貴族街でも端の方にあり、どちらかというと平民街のすぐ側に屋敷があるとのことだった。


(親父さんが亡くなって、さぞかし悲しんでいるだろうな……)


 沈痛な顔を浮かべた親友の姿を想像して、慰めの言葉を考えながら屋敷を訪ねたものの、そこにはいつも通りに見えるオルキデアが、訝しむようにクシャースラを出迎えてくれたのだった。


「何しに来たんだ? クシャースラ」


 屋敷の門前で出迎えてくれたオルキデアは、くたびれたシャツとベスト、年季の入ったズボンの上に、適当にコートを羽織っただけの姿であった。


「お前さんが心配で様子を見に来たんだが……。どうやら必要無かったようだな」


 見舞いの品を渡しながら、「屋敷の場所は同期に聞いた」と言うと、「そうか」とだけ返される。


「何か手伝えることはあるか? 今日一日空いてるから手伝うよ」

「遺品の整理ならほとんど終わっている。父上の職場から私物を運び込むのに時間がかかっただけだ。急に亡くなったから、父上の私物が職場に置いたままになっていたのをすっかり忘れていた」


 オルキデアの父親であるエラフ・アルバ・ラナンキュラスと、クシャースラは一切面識がない。エラフが存命の間は一度も会う機会が無かった。

 その為、クシャースラはオルキデアやセシリアを始めとするエラフを知る者たちの話から、どういう人物だったのか推察するしかなかった。

 ただオルキデアという優秀な息子を育て上げた以上、立派な人格者だったとクシャースラは考えている。


「お父上の職場って……」

「父上は文官だったんだ。国務大臣付きのな」


 急な出張や泊まり込みが多い国務大臣付きの文官だけあって、エラフは着替えや日用品を始めとする私物を職場に置いたままにしていた。

 生活が落ち着いたらそれらを引き取りに来るように、息子のオルキデア宛に何度か連絡が入っており、オルキデアはその言葉の通りに、屋敷の遺品の整理が落ち着いた頃を見計らって数日間に分けて取りに行っていたらしい。



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