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episode_0091

 その日の授業が全て終わり、他の同期生と同じ様に帰り支度をしていたクシャースラの耳に不穏な会話が聞こえてきた。


「ラナンキュラスの奴、生意気だな」

「『平民代表』として絞めるか」


 自称・平民代表を名乗るその同期生は、同じ平民出身の中でも特に貴族出身者を憎んでいた。

 裕福なだけで貴族出身ばかり優遇されるのが気に入らないらしい。

 最近ではその思想も過激になっており、貴族出身者の中でも弱い立場の同期生ばかりを呼び出しては、殴り合いの喧嘩をしていたのだった。

 殴られた貴族出身者も学校や実家に訴えているらしいが、士官学校側が誠実に対応しているのか、それとも学生同士の喧嘩だからか、当人に注意するだけで終わっているらしい。

 当然それで反省する訳がなく、同期生のほぼ一方的な喧嘩は激しさを増す一方であった。


(あいつら、またやって……)


 呆れたクシャースラが席を立ったことに気づく様子もなく、愉快そうに話し続ける同期生に近くと、「おい!」と声を掛ける。


「喧嘩も大概にしろ。ラナンキュラスが何をしたんだ」

「アイツも貴族出身だろう。気取っていて、生意気で、いつも俺たちを馬鹿にしている」

「あれは馬鹿にしているというより、おれたちに興味が無いだけなんじゃ……」


 入寮日からオルキデアを見ていて思ったことを言いかけたクシャースラだったが、同期生に睨みつけられて慌てて口を噤む。


「貴族出身だからと言って、いちいち喧嘩を売るんじゃない。退学したいのか?」

「へいへい。代表は煩いね」


 入学式で総代を務めたクシャースラは、その後、教官からの指名で同期生の代表を務めていた。

 代表と言っても、主な内容は教官の雑用や同期生たちへの連絡、同期生同士の揉め事の仲裁などであった。

 だがそれもあって、同期生の中ではクシャースラは身分問わず、一目置かれた存在となっていたのだった。


「とにかく、馬鹿な真似は止めるんだ。早く寮に戻れ」


 そうして教材を入れた鞄を持って、その場を離れたクシャースラだったが、廊下に出た直後に教官に頼まれて、雑用を片付けることになった。

 その時のクシャースラは同期生は寮に帰ったものと考えて、雑用を済ませに行ったのであった。

 教官に頼まれた雑用は大して時間も掛からずに終わったが、晩秋の空は暗くなっていた。

 寮の夕食時間まで部屋で今日の復習をしようと校舎を出たところで、「大変だ!」と平民出身の同期生が駆け寄って来たのだった。


「オウェングス、探したぞ! ここに居たのか!?」

「何があった? そんなに慌てて……」

「アイツらがラナンキュラスを倉庫裏に呼び出したんだ!」

「何!?」

「ラナンキュラスもそれに応じて、殴り合いになって……」


 皆まで聞く前に身体が動いていた。

 持っていた鞄を同期生に押し付けると、クシャースラは倉庫裏に駆け出していたのだった。


 息を切らしながら校舎裏にある倉庫近くまで来ると、倉庫の裏側から平民代表を名乗る同期生とその取り巻きの数人が逃げるように走って来た。


「おい! お前たち!」


 鼻から血を流し、顔中傷だらけになっている同期生の肩を掴むと、「いてぇ!」と悲鳴を上げる。


「ラナンキュラスはどうした?」

「まだあそこにいるよ……喧嘩が強いなんて聞いてないぞ!」


 同期生はクシャースラの手を振り解くと、そのまま取り巻きを連れて去って行った。


「全く……!」


 クシャースラは大きく溜め息を吐きながら、倉庫裏へと急いだのだった。


「ラナンキュラス!」


 薄闇に包まれた倉庫裏に行くと、茶や赤の落葉の上に仰向けに寝そべっている少年の姿が見えた。

 落ち葉を踏みながらゆっくりと少年に近づいていくが、少年は気づいているのかいないのか、ただ呆然と黒に染まっていく空を眺めていた。


「無事か? ラナンキュラス……」


 上から少年の顔を覗き込みながら、クシャースラは恐る恐る声を掛ける。


「……君にはこれが、無事に見えるのか?」


 そう言ったオルキデアの端麗な顔は赤く腫れ、切り傷による血の跡が幾つも残っていたのであった。



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