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episode_0063

「あら?」

「あっ……」


 咄嗟に叫んでしまったオルキデアだったが、自分でも何故アリーシャを大切な想い人と言ったのか分からなかった。

 困惑したアリーシャからティシュトリアを引き離すだけなら、ただ単にそれを伝えればいいだけだ。

 それなのに、何故、「想い人」などと口走ったのか……。


「いや、これは、その……」


 アリーシャの肩を離しながら、オルキデアは慌ててしまう。そのアリーシャはトレーを手に俯いていたが、トレーを持つ手が僅かに震えているのをオルキデアは見逃さなかった。


「アリー……」

「そうだったんですか。少将……?」


 その時、聞き逃してしまいそうなほどか細い声が聞こえてきた。視線を向ければ、そこにはアリーシャに付き添ってくれていたオルキデアの部下が顔を強張らせていたのだった。


「その方は少将の想い人だったんですね。それで牢ではなく部屋に連れて……」

「おいっ!」

「牢? この子は想い人じゃないの?」


 部下の言葉を聞き逃さなかったティシュトリアがすかさず口を開く。毒を含んだ様な甘い声にオルキデアは総毛立つ。


(どう説明しようか……)


 今更、アリーシャが捕虜だとは説明出来ず、だからといって、アリーシャの正体を話す事も出来ないので、オルキデアは考えを巡らす。

 二人にどう説明しようか悩んでいると、不意に袖を掴まれる。傍らを振り向くと、アリーシャの菫色の瞳と目が合う。袖を掴んだアリーシャは、オルキデアを安心させる様に小さく頷くと、ティシュトリアに向き直ったのだった。


「オルキデア様の言う通りです。私はオルキデア様の想い人……恋人です」


 オルキデアの話に合わせてくれるアリーシャに言葉を失っていると、アリーシャはトレーを片手に持ち、空いた手をオルキデアの腕に絡ませてくる。


「そう。オーキッドの恋人なのね」

「はい。アリーシャと言います。オルキデア様とはここで知り合いました。軍に連行された知り合いに会いに来たんですが、そこでトラブルに遭ってしまって……。それを助けてくれたのがオルキデア様なんです。その時の縁があって、私達は恋人になりました」

「そうなの? オーキッド」

「……はい」


 立板に水の様に淀みなく答えるアリーシャに合わせる様にオルキデアも頷く。けれども、ティシュトリアはどこかアリーシャを疑う様に「でもね」と口を開く。


「恋人同士の割には、あまり仲睦まじく見えないのよね。他人同士の様な、どこかよそよそしく見えなくもないわ」

「そんなことは……人前なのでお互いに恥ずかしいだけです」


 オルキデアに身体を寄せると、腕を絡ませるアリーシャの手に力が込められる。まるで縋り付いてくる様に身を寄せてくるアリーシャの様子から、ティシュトリアの言葉に困惑しているのだろうと推測される。

 おそらく、アリーシャ自身もティシュトリアをどう対処したらいいのか分からないのだろう。それでもオルキデアが困っている様子に気づいて、代わりにティシュトリアに答え様としてくれている。

 それが嬉しい様な、悪い様な、複雑な気持ちになる。


(アリーシャにだけ任せる訳にはいかないな)


 オルキデアは小さく笑うと、アリーシャの細身の腰に腕を回す。目を見開いたアリーシャに小さく笑みを浮かべると、アリーシャの手からトレーを奪い、三人が話す姿をじっと見ていた部下にそのまま押し付ける。


「彼女の言う通りです。俺達が恋人同士だと誰かに話すのが初めてだったので、つい恥ずかしがってしまいました。お互いに恥ずかしがり屋なもので。

 ですが、ようやく決心がつきました。せっかくなので、母上には最初にご報告します。彼女はーーアリーシャは俺の恋人です。ですが、ただの恋人ではありません。将来を誓い合った恋人です」

「それって……」

「ええ。そうです。今ここで話します。アリーシャは近い内に俺の伴侶となります。俺の妻になるべき存在です……そうだな。アリーシャ?」


 オルキデアが目配せをすると、アリーシャも話しに合わせるように「はい」と小さく頷く。


「そういう事ですので、母上はお引き取り下さい。俺はアリーシャ以外と結婚する気はないので。……アリーシャは俺のものです」


 そうしてオルキデアはアリーシャに顔を近づけると、藤色の髪を掻き分けて、こめかみに軽く口づけたのだった。


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