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No.22 第12話『青春の日々』- 1



最近、平田の様子が前にも増しておかしい。

明確にここがおかしいとは言えへんけど、ふとした瞬間に疑問に感じることがある。


「平田七生人ー!!今すぐ職員室へ来るようにッ」


平田のことを考えてる最中にたまたま鳴った放送。

あいつはキビ先怒らせて何やっとんねん、看板運んどったんちゃうんか…


そう思いながら、塗っていた赤いペンキのハケを置いて立ち上がる。

もうほぼ塗り終わっとったから、このまま乾かす時間くらい離れても良いやろうと思った。


だいたいキビ先を怒らせたら罰掃除。

今の季節から考えたら裏庭か校庭の掃除やろうな、落ち葉が大量発生しとるから。


「おい、優介。サボる気か?」

「ちゃうわ。ほんまにサボっとる奴に説教しに行くんや」

「とか言いつつ平田の掃除手伝いに行くんじゃねェの?」

「知らん」

「お前本当に愛想ねェな。平田にだけ懐きやがって」

「すぐ戻る」

「へいへい」


寺西に適当に返事をして教室を出る。


同じサッカー部の寺西は第一印象は最悪やったけど、今ではそうでもない。

むしろ平田の次くらいに心は開いてるし、サッカーの上手さも認めてる。

こんなことは本人には恥ずかしてよう言わんけど…


平田を探すために裏庭へ通じる廊下を歩く。

俺らが使ってる教室と職員室は校舎がちゃう上に離れてる分、今頃はもう罰掃除中やと思った。


「平田ー」


裏庭を覗いて辺りを見渡す。そこにあったのは平田が運んでたはずの看板のみ。

大方ここでサボっとったんやろうな…ほんでキビ先に見つかって逃走。呼び出し。


「やっぱりアホやな」


ここにおらん相手に笑いながら看板を持って教室に戻る。

一端あいつの変わりに看板を届けた後、すぐ次の罰掃除場所に移動した。


下駄箱で運動靴に履きかえて外に出てみたら、木という木の下全体に広がる落ち葉が目に入る。

うわー…と頬を引きつらせながら広い校庭を見渡した。


「…マヌケな平田発見」


遠く離れた寮側のフェンスで一人掃除をする平田。

見た目だけは男前やから女子がキャーキャー言うのもわかるけど、やってることはマヌケ以外の何者でもない。

どう考えてもあかんギャップの持ち主にプッと吹き出してまう。


しゃあないから手伝ったろ…そう思い、下駄箱付近にある掃除用具入れから箒を取り出して、平田の方に歩いて行った。


「ひら…」


少し離れた場所から俺が声をかけようとした瞬間、平田が一人で笑い始めた。

俺に気付いたんか?って一瞬思ったけど、やっぱりおかしい。全く俺の存在には気づいてへんかった。

頭おかしなったんか…?


「違う、こうやってするんだよ」


微かに聞こえてくる平田の話声。

どう見ても一人のはずやのに誰かと話してるような感じやった。


独り言が絶好調になっとるだけか?半笑いになりながらそう思った時やった。

平田が少し横を向いて、俺の方から顔が見えやすくなった一瞬…


「そうそう、上手い」


平田の表情で、ほんまに…一人で掃除してるんとちゃうってわかった。

しかもめっちゃ楽しそうってか嬉しそう。どう見たってあの顔は…


「…平田、俺も手伝うわ」

「ッ…優介?!」


俺とか他の奴らの時とは違う、好きな異性に対する時の表情やった。


「なんやねん、そんな驚いて」

「や、別に…」


お前が言いたくないんやったら、隠したいんやったら…俺は何も聞かんし、何も気付いてないフリをする。


「キビ先怒らして何やっとんねん、どうせサボっとったんやろ」

「まあな…。優介、いつから来てたんだよ」

「…今さっき」


はよ終わらせるで。


俺の返事に対してめちゃくちゃほっとした顔になる平田。

今朝、ようわからん相談をしてきたこいつを思い出して、まさかな…と思う。

あり得へんような想像をして、自分の頭の可笑しさに笑ってしまいそうになった。


「悪い、優介…」

「…どういたしまして」






なつがあまりにも掃除をしたいと主張するものだから、僕が箒を持って、自分の体と箒の間になつを来させる。

なつを間に入れたまま箒を持つように指示して、そのままゆっくりと落ちている葉っぱを掃いた。

少し力を抜いてやると、ほぼなつの力だけで箒が動き始める。


「違う、こうやってするんだよ」


なつは力の入れ方や掃き方がいまいちわかっていないのか、変な所に力を入れて箒を動かす。

今度は僕が力を入れて手本を見せてみた。


「掃除難しいね。こう…?」

「そうそう、上手い」


不器用だけど必死に箒と格闘するなつの姿が微笑ましくて頬の筋肉が緩んだ。

本人は手伝いをしている気分なのか、熱心に箒で落ち葉を掃いた後、僕の顔を見ては様子を覗ってくる。

一際至近距離でにっこりと笑われて、ちょっと不意なのもあったから少し恥ずかしくなった。


「…平田、俺も手伝うわ」

「ッ…優介?!」


後ろから聞こえた優介の声にビクッと体が反応する。

どこまで見られて、どこまで聞かれていたんだろう…

一気に混乱し始めた僕の脳とは対照的に、優介は淡々と掃除の手伝いをし始めた。


「キビ先怒らして何やっとんねん、どうせサボっとったんやろ」

「まあな…。優介、いつから来てたんだよ」


この返答次第で、なつのことを説明しなくちゃいけないかもしれない。

優介に隠す必要はないのかもしれないけど、こんな非現実的なことを言って信じてもらえるかはわからなかった。


だから出来ることなら僕だけの中でなつのことを仕舞っておきたい。

平静を装いながら、優介が気付かなかったことを強く願った。


「…今さっき。はよ終わらせるで」


優介の返事に一瞬で脱力しながらほっと胸を撫で下ろす。

変な行動を見られてなかったのなら言い訳をする必要もなくなった。


一緒に掃除をしてくれる優介に謝罪をして、なつを箒から離れさせた後、黙々と掃除を開始する。

この時、優介が僕を気遣ってくれていたことは知らなかった。

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