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No.21 第11話『気付かない想い』- 2



もうすぐ文化祭が始まる。

この学校は少し変わっていて、何故か祭り事の行事には力を入れまくる伝統があった。


放課後はもちろん、授業の時間までも文化祭の準備を行うように毎年義務付けられている。

そのこともあって、なつが学校へ行きたいというのをOKした。授業がなければある程度誤魔化せると思ったから。


「平田ー、キビキビ歩けー」


看板になる板を運んでいたら後ろからキビ先の声が聞こえた。

キビキビ歩けが口癖だからキビ先。こんなくだらないあだ名をつけた奴は誰だと呆れてしまうけど、学校の全員が愛用しているし僕もそう呼んでいたから余計に笑えた。


「なおー、キビキビ歩けー」

「うっさい」


隣から聞こえたなつの声に咄嗟に反応してしまう。

でもすぐに自分の犯した間違いに気がついた。


「平田ー?」


後ろから怒りを込めたキビ先の声が聞こえてくる。

完全にやってしまった…キビ先を怒らせた時の解決策なんて存在しない。ここは一先ず…


「コラー!逃げるなーッ」


猛ダッシュで廊下を走り抜けてそのまま裏庭へと移動する。

でかい看板を持って走っているのに、キビ先は追いつけずに僕のことを見失っていた。


体育教師のくせに足が遅いな…と壁に隠れながら笑っていると、小さい声がキビ先の付近から聞こえてくる。

聞き覚えのある声にハッとなり、もう一度壁からこっそりと覗いてみた。


「なお、なお…」


きょろきょろと周りを見回しながら僕の存在を探すなつ。

不安で悲しそうな表情を浮かべるなつに声をかけたくても、キビ先が邪魔で動けない。

軽く手だけを壁から出して手招きをしてみた。気付くか…?


「なお…ううッ」


泣き出しそうななつの声が聞こえた瞬間、僕の体は敏感に反応を示した。

壁から飛び出して、キビ先から少し離れた場所にいるなつの前へ駆け寄る。

キビ先が僕に気付くよりも早く、なつを抱きかかえてまた別の場所へと走り出した。


「お、コラー!平田、待たんかーッ」


後ろから聞こえてくるキビ先の声は完全に無視して走り去る。

せっかく運んできた看板は、裏庭に置いてきてしまった。


文化祭の準備で誰もいない音楽室へ忍び込む。

鍵がかかっていても意味はなかった。


三年半もこの学校にいれば、どの教室の鍵が緩んでいるとか開けやすいとかは手に取るようにわかる。

少し軽めにドアを押せば、カチッと施錠が開く音が聞こえた。


「なお、泥棒みたい」

「はあ…」


誰の所為でこうなったと思ってるんだと言いたくなったけど、楽しそうに笑うなつの顔を見てやめた。

音楽室に入ってゆっくりなつの体を下ろす。

僕はそのまま疲れた体を休めるためにピアノの椅子へと座り込んだ。


「どうしよ、キビ先。絶対怒って放送鳴らすだろうな…」

「ごめんなさいって言ってもだめなのかな」

「無理だな。罰掃除決定ー」

「わーい、手伝う!」

「…あのな、なつには無理だろ」


最後の僕の一言で、なつが少しだけ悲しそうな表情になった。

でもそれも一瞬だけですぐにいつもの笑顔に戻って話しかけてくる。


「なおはすごいね。足が速くてスーパーマンみたいに私の前に現れるの」


なおに抱き上げられてドキドキした。まるでお姫様みたいだった。

そうやって嬉しそうに話し始めるなつを見て、小さく微笑む。


生前に辛いことを経験した分、今なつは幸せでいられてるだろうか…

この笑顔が幸せだという証拠だったらいいのにと、ふとそう感じた。


「なつ…」

「はい!」

「髪、伸びたな」


あんなに短かった髪がもう肩に触れそうなほど伸びていた。

この髪が伸びる現象は、なつを幽霊ではなく生きている人間と同じように感じさせる。


出会った頃のように放置しなければ、ロングでも似合うんじゃないかとか。

セミロングでも良いし、僕が切らなければきっとショートも似合ったんだろうなって…

そんな風に思いながら、なつの首筋にある髪を触った。


「……ッ」

「え…?」


一気になつの顔が真っ赤に染まって、視線を下へと逸らされる。

髪に触るのはこれが初めてじゃないのに…


「なお…」

「なに?」

「顔が…近いよ」


なつに言われたことでやっと自分のやっていたことに気がつく。

確かに髪の方に集中し過ぎて顔が近くなっていた。それがわかった途端に、自分の顔もじわじわと熱くなっていくのがわかる。


「ごめん…」

「うん…」


なつの髪から手を離して、ピアノの方に体を離した時だった。


「平田七生人ー!!今すぐ職員室へ来るようにッ」


ピンポンパンポーンと、マヌケな音と共に消えていく放送。その音の間にはしっかりと誰だかわかる人物の怒声。

少しゲッソリとしながらも立ち上がって出口へと歩き始めた。


「なお…」

「ん?」

「また…髪の毛切ってね」


約束…そう言いながら差し出された小指に、うーん…と躊躇った。

僕が切らない方がいいと思うんだけどな…


「だめ?」


あ…まただ。


「や…だめじゃないけど」


なつの笑顔を見て、心臓がドクドクと脈打つ感覚。胸が締め付けられて、すごく痛い。


「えへへ…お願いします」


無理やり、小指に絡められて約束をさせられた。

なつに触れた小指だけが異常に熱い。


「わかっ、た…」


また誤魔化すように僕の足は勢い良く音楽室を出て、早足で歩き出していた。

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