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No.20 第11話『気付かない想い』- 1



翌朝、いつものうるさい目覚ましで夢から起こされた。

ゆっくりと上体を起こしてぼーっと前を見つめる。


「なつ…おはよう」


低血圧で必ず寝ぼけていたはずなのに、この挨拶だけは無意識の中でも行うようになった。

それだけ長く、なつと一緒にいたことを物語っている。


まだ覚醒しない脳に鞭を打ちながら、なつの姿を探した。きょろきょろと周りを見渡し、それでも見つからないことを不思議に思う。

どこへ行ったのかと思って立ち上がろうとした瞬間…


「あ…」


ベッドの上で、壁と僕の間に寝ているなつの存在に気がついた。

途端に自分の顔が熱くなっていくのがわかる。


いつの間に隣で寝ていたんだろう…

赤くなっている自分の額に手を当てたまま、なつに声をかけた。


「おい、なつ…」

「…あ、おはよう」


眠りが浅かったのかあっさりと目を覚ますなつにため息をついた。

どこまで理解しているのかわからない分、どう注意するべきなのかもわからない…

幽霊相手に何を考えてるんだろう。


「なお、ぐっすり寝てた」

「ああ…うん。なつは?」

「さっき横になったところ」

「そう…」


その横になる場所を考えてほしい…

そう呟きたかった言葉をぐっと抑えて胸の中だけに仕舞い込んだ。


昨日あった出来事を思い出して胸が締め付けられる。

なつは生前の記憶が色濃く残って不安だったのかもしれない。

だから僕の側で眠りたかったんだろうと無理やり結論を出して、ベッドから立ち上がった。


食堂や人前でだけは食べたいという欲求を我慢出来るか?と問う僕に、なつがうん!と元気よく返事をする。

昨日僕に理解してもらえたことと、大量のカップ麺や菓子を食べさせてもらえたことで上機嫌になっているように見えた。


小指を出して、約束ねと微笑みながら顔を覗かれる。

制服に袖を通しながらもう一方の手でその指に自分の小指をかけた。

こんな約束の仕方も覚えたのかと微笑ましくなる半面、着替えてる間くらいは後ろを向いてほしい…と強く思う。


「私も、学校に行きたい」

「いいけど…変なことするなよ」

「うんうん、シーね!」


人差し指を口に当てながら嬉しそうに笑って見せる。

本当に大丈夫だろうかとかなり心配になったけど、あまりにも嬉しそうにはしゃぐもんだから何も言えなくなった。


準備を終えて食堂へ向かい、いつも通り優介と合流する。

なつは出来るだけ欲求を抑えるために、食堂の中にはついて来ないよう心がけているみたいだった。

食堂の入口付近でうろうろと歩きまわって遊んでいる。


「優介…」

「なんや、最近目覚めいいやんか。おもろない」

「うるさい、面白がるな」

「何やねん、話したいことでもあるんか?久しぶりに台拭き食べるか?」

「……。」


なんて、話を持ち出せばいいんだろう。

なつの存在を伝えずに、なつの生前のことについて相談したかった。


確証はなかったけど、たぶん…なつを山に置いていった女性は、母親なんじゃないかと思う。

でも捨てた理由がわからない。その上、なつが女の人の後を追いかけずに仕方がないと思った理由もわからなかった。


「…マジ話?」

「うん…」


ボケに反応を示さない僕を見て、真剣な表情で問う優介。

伝わるかどうかは謎だけど、何かヒントになるような返事がくるかもしれない。だから思い切って話を切りだした。


「あるところに女の子がいました」

「お前ほんまに真剣な話か?」


真剣な表情で切り出したにも関わらず、眉間に皺を寄せながら疑われてしまう。

確かに僕が優介の立場ならそう思うだろうなと苦笑した。

話下手もここまでいけば笑えなくなる。


「聞けよ、真剣だから!」

「…女の子が何やねん」

「その女の子は山に捨てられました」


でも女の子は母親の後を追いかけませんでした。

何故かはわからない、ただ仕方がないんだと納得をして、生きるために山の中を彷徨い続けた。

何とか生きながらえていたけど、足を怪我して動けなくなり、息絶えてしまった。


「何でこの女の子は捨てられたと思う?」

「なんやそれ、平田は答え知ってんの?」

「わからねェから聞いてるんだよ」

「…あれやな、平田の話し方の所為かもしれんけど」


昔話みたいやな、その話。


優介が放ったその一言で、頭の中に一つの可能性を見いだした。

なつの格好はどこか古びていて現代の服装とはかけ離れている。


泥で汚れていたからあまり目にはつかなかったけど、よくよく考えたら昔の服装なのかもしれない。

記憶がない以前に、物をよく知らなかったことにも納得がいく。


「そんなにその答え見つけたいんやったら調べたら早い話やろ」

「あ…!」


その手があった。すぐさまスマホを取り出して、なつの生前に関する単語を検索欄に入力する。

その間、優介が僕の皿からダシ巻き卵を盗っているのが見えたけど、今回だけは許すと心の中で呟きながら検索ボタンを押した。


「……!」


山、捨てる、昔。この三つのキーワードを入れて検索した結果、出てきたのは…


「姥捨て山、口減らし…」

「なるほどな、女の子って表現やけどほんまは老人やって、口減らしで捨てられたってのが答えやな」

「……違う」


なつは若い。見た目だけなら僕達と同じ年くらいだ。

生前は年老いていたのか?でもそれならなつがあの時に言うはず…


「女の子は若い、僕や優介と同じくらい」

「ふ~ん、ほんなら口減らしの内容読んでみたら?老人だけとちゃうかもしれんし」


優介に促されるまま口減らしと書かれたページをタップする。

昔の風習として用いられている口減らしの意味は、今の時代では考えられないような残酷なものだった。


「家族が多く、食べていけないと判断した場合、家族の人数を減らすために新生児や年寄りを殺す風習」

「俺らと同じくらいの年で捨てられたってことは、よっぽど食い物なかったんとちゃうか?」

「新生児やお年寄りじゃなくても捨てられることがあったってことか?」

「まあそう見んのが妥当やろうな。新生児も年寄りもその家族におらんかったら」

「……。」

「ほんでその女の子も捨てられた時に仕方ないって思ったんやろ?それで母親の後も追わんかった」


全部繋がったな、これが答えや。

そう優介が結論を言い終えた後、食器を乗せたトレイを持って立ち上がる。

僕も食べ終わった食器を重ねて立ち上がり後を追った。


なつの死んだ理由や事情がわかったにも関わらず、胸の中のモヤモヤは消えない。

昔のことだといえばそれで終わり。けどそうスッパリ思えないのは…


「なお、ごちそうさま?」


目の前で笑うなつが、僕の世界で生きているからだった。

前を歩く優介の後ろで、気付かれないように無言で頷く。

少し僕が微笑むとまたなつは嬉しそうに笑い始めた。


「…真剣な問題は解決したんか?」

「うん…ありがと、優介」

「そりゃ良かった。んで平田、何で後ろ歩くねん」

「あー、気にすんな」

「…?」


照れながら俯く僕を不思議そうに見つめた後、優介が学校へと足を向ける。

僕もその後を追って優介と何気ない話をしながら歩き続けた。


優介の後ろにいた理由は、優介には見えないなつが僕の左手を握っているから。

あまりにも恥ずかしい状況に左手を無理やり離そうかとも思った。

けど今だけは、なつを邪険に扱ってやりたくなかったから、そのまま手を離さずに学校までの道のりを歩いた。

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