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No.17 第9話『出会いの記憶』- 2



やっぱりついてきて良かったと思いながら、彼の入って行った小屋の中へ足を進める。

そしたら耳に何かを入れようとしていたみたいで、まさか耳まで怪我をしてしまったのかと心配になった。


「…ね、ぇ」

「ぎゃあああッ」

「うるさいぞ、平田!」


私が声をかけた瞬間、彼が大声で叫び始めた。

そんなに痛いのかと更に不安な気持ちが膨らんだ時、さっきとはまた別の人が現れる。


良かった、助かったよ!人が来た!

そう思い、また物陰に隠れて二人の様子を見守った。


「田嶋先輩、今日僕と寝て下さい!」

「なに寝ぼけてんだよ、気持ち悪い」


これで彼を助けてもらえるとほっとする。

でも彼が必死に叫びながら何かを頼んでいるにも関わらず、現れた人はすぐに出て行ってしまった。


「大丈夫…幽霊とて女。勝てる勝てる…」


彼が真っ青な顔色で寝床へと横になる。

左足が疼いて辛いのかもしれない。どうすれば助けられるのかわからず、もう一度声をかけてみることにした。


「ぇ…」


やっぱり私の声は聞こえているみたいで、布を被っていた彼がビクッと反応を示す。

私が言葉さえわかれば、彼を助けることが出来るのに。大丈夫だと伝えることが出来るのに…


「ね、ぇ…」


お腹は空いてないかな。食べる物はあるのかな。

このまま何も食べられなくて、あの苦しみを味わうことになったらどうしよう。

死ぬ前のあの辛さを思い出して涙が出始めた。


この子には、あんな思いをさせたくない…

そう思って彼に近づいた瞬間、布からゆっくりと顔が出てきた。


「……ッ」


一瞬、驚いたような顔をした後、しばらく見つめられる。

そして初めて向こうから声をかけられた。


「なんで…泣いてるんですか」

「……。」

「言葉…わかる?」

「わ…から」


話しかけてくれたことが、すごく嬉しかった。

でもなんて言ってくれているのかわからなくて、返す言葉はわからないとしか言えない。


言葉を覚えたい、この人と話がしたいと強く思う。

その時、彼の方から私の肩に触れて自分の上半身を起こしてくれた。


「君は…生きてるのか?」

「…いき?」


意味はわからなくても、言われた言葉をもう一度繰り返して覚えようと試みる。

少しずつ彼の顔色が良くなっているような気がしてほっとした。


「とりあえず…寝よ」


また布を被って眠りにつく彼。

さっきよりは様子が落ち着いていたから、怪我の痛みが和らいだのかもしれない。


彼の寝床から少し離れて、寝ている間も怪我で苦しまないか見守ることにした。

何度か寝ている間に寝返りを打って、その度に彼の元へ駆け寄る。

痛いのかと思い、顔を覗き込んでみても一切そんな心配はいらなかった。


ぐっすりと穏やかな顔で眠っていて全く起きそうにない。

ほっと胸を撫で下ろし、彼の側から離れては駆け寄る動作を朝まで何度も繰り返した。


翌朝、すごい音が小さな物体から鳴り響いてびっくりする。

ずっと起きていた私でも驚くような音なのに、彼はぴくりとも動かなかった。


それにしても大きな音で鳴り続けるこの物体は何なのだろう。触れてもいい物なんだろうか。

そんな気持ちから、彼の頭の横にある丸い物を持とうとした。


「……。」


でも、音を鳴らして震えているそれに、触れることは出来なかった。


やっぱり私に触れられるのはこの人だけなんだと再認識する。

物に触れられなかった寂しさから、彼の肩へ手を伸ばそうとした時だった。


「朝…」


突然彼が上半身をムクッと起こしてぼーっと前だけを見つめだす。

怪我の具合を聞きたくて、何でも良いから声をかけようと思った。


「ね…ぇ」

「……。」


でも彼は私がまるで見えないかのように、寝床から起き上がって私の横を通り過ぎる。


寂しい…


その時に思った感情はこの一つだけ。


もう私のことは見えなくなったんだ…

その方が彼にとっては良いことなのかもしれない。

私が見えなくなったということは私とはもう同じ道を歩まなくなったという意味なのかもしれないから。


それでも、初めて話しかけてくれたことや初めて私の肩に触れてくれた昨日の記憶が邪魔をして…素直に、喜ぶことが出来なかった。


私の姿が見えなくなったとしても、関係ない。

彼の怪我が治って死なないことがわかるまで、安心出来るまでは守り続けよう。そう決心して、彼の後を追った。


身なりを真っ黒な服装に変えてどこかへ歩いて行く彼の前に、昨日の人が現れる。

彼と山に来ていた昨日の人も真っ黒な服装に変わっていた。


「…はよ」

「おー、足どんな感じ?」


二人が会話をしながら何かを持って移動する。

その様子をじっと観察していると、椅子に座り二人が食べ物を口にしているのが見えた。


良かった…食べ物はあったんだ。

そう安心するのと同時に、私の中で食に対しての欲求が出始める。


私も…ご飯を食べたい。私も欲しい。

無意識の間に、彼の食べ物をずっと凝視してしまっていた。


「…ッ!!」


彼にはもう私の姿は見えないのだから、気にする必要もないと思っていた。

それなのに私と目が合った瞬間、突然彼が驚いたような顔になった。もしかして…


「あー、何やってんねん、平田ー」

「ご、ごめん…」


私のことが、まだ…見えてるの?

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