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No.14 第8話『生前の記憶』- 1



なつに憑かれてから三ヶ月。

真夏の季節からあっという間に秋に変わって、もう冬の寒さも感じさせる。

少し肌寒い十一月になっても変わらずなつは僕の側にいた。


「うー、寒。やっぱ夏の方がいい」

「寒がりすぎやろ。まだ秋やで」

「冷え症なんだよ」

「冬に雪積もったら外で遊ぼな」

「冷え症なんだよッ!」


ふざける優介に全力で同じ言葉を返す。

そうすればより一層面白がって僕の着ている上着をはぎ取ろうとしてきた。

絶対に手放すもんか。


「優介、今日バイトの日だろ!さっさと行けよ!」

「ちょっと俺も肌寒いから平田の上着羽織って行くわ」

「自分の取りに行けって!おい!きゃー!痴漢よー!」


もう途中で抵抗するのが面倒になって素直にはぎ取られる。

目の前に寮が見えてきたから、まあいいかと諦めた。


これが平田くんの香りね!と言いながら僕の上着の匂いを嗅ぎ始める優介に蹴りを入れてから、寮の門前で別れた。


今日は休日。午前中は優介とスーパーに行って一週間分の夜食間食を買い貯める。

直接午後からバイトに行く優介の分は僕が預かって、自分の部屋へ持ち帰ることになった。


さっき財布の中身を見て思ったことは、明らかにお金の減りが早いということ。

中学の時に新聞配達で貯めた貯金がもう少なくなってきている。


僕もそろそろバイトを再開しないといけない。

今日買った一週間分のカップ麺や菓子はいつもの半分くらいにしておいた。


「一年くらいはもつと思ってたけど…この調子じゃ無理だな」


ビニール袋の中を覗いてため息をつく。

でもすぐに切り替えて部屋の扉を開けた。


「ただいま…なつ?」


流れているテレビの前にいつもいるはずのなつがいない。

テレビの前には、なつのために借りてきたDVDが山積みになっていた。

その横に、小さくなって寝ているなつの姿を発見する。


「DVDの山で隠れて見えなかった…借り過ぎだな」


昨日全部観たって言ってたし、返しに行くか。

そう決心しながら持っていたビニール袋を扉近くへ置き、起こさないように近づく。


山積みになっているDVDを片づけながら、寝ているなつの様子を覗った。

なつが寝ている姿を見るのは、これが初めてで少し新鮮に思う。


「幽霊も寝るんだ…知らなかった」


いやでも今まで寝てなかったんだし、寝なくても大丈夫ってことだよな。

飯もそうだけど、食べなくても平気だし食べても平気だった。


寝ているなつの頬に触れて、呑気な奴だなと苦笑いする。

この三ヶ月くらいで、なつはもう完璧に話せるようになっていた。


毎日毎日DVDとテレビを観て、熱心に勉強していたなつの姿を思い出す。

あの健気な後ろ姿を見ていたら、どうしたら成仏する?とか、どうしたら離れてくれる?なんて聞けなかった。


…ううん、違うな。

たぶんもう、僕がそれを望んでいないから、言わないんだ。


「…すぐ戻る」


寝ているなつにそう告げた後、大量のDVDを持って部屋を後にした。









『ごめんなさい…』


だれ…?


『本当に、ごめんね…』


泣いてるの?


真っ暗な闇の中で聞こえてくる声。誰の声かもわからなくて聞き返す。

そしたら、突然お腹が痛くなった。


「痛い…」


今度は突然左足が動かなくなって、痛みを感じる。

ああ…これは…


「生きてた時の…記憶だ」


もういいよ。ちゃんとわかってるよ。

自分が死んでることも、どうして死んだのかも…


だから…


「もういいよ!!夢なんか見なくたってちゃんとわかってる!忘れたいのに!」


誰か助けて…なお…なお!




―――――――つ!


私が夢の中で助けを呼んだ瞬間、なおが私を呼んでいる声が聞こえた。


真っ暗だった視界が明けて、なおの心配そうな顔が目に入る。

愛しい人の顔を見れた瞬間、夢から覚めたことがわかってほっとした。


咄嗟に笑おうとしたけど顔の筋肉が引きつって笑えない。

その時初めて自分が涙を流していることに気がついた。


「なお…おはよう」

「悪い夢でも見たのか?」

「うん…でも忘れちゃった」

「なんだそれ」


ハハッと笑うなおの顔に心が満たされていく。


私が幽霊になった時から、生前の記憶は半分くらい残っていた。

忘れていることの方が多いかもしれないけど、少なくとも死ぬ直前の記憶はしっかりと覚えている。


言葉が話せるようになっても、そのことについてなおに伝えようとはしなかった。

むしろこのまま隠したいと思っていた。


「お帰り、なお」

「ただいま…」


だって、生前の話をしてしまったら、私が幽霊なんだって実感させてしまう。


なおと同じ、生きている人間なんだとほんの少しでも良いから錯覚してほしかった。

私を死んでいる人だと思わないでほしかった。


「DVD…ないね」

「ちょっと大量過ぎたから観たって言ってたのは返してきた。明日返却だったし」

「また借りてもいい?」

「一日一本だけな」

「わーい」


両手をあげて喜ぶ私の頭に、なおが手を乗せて立ち上がった。

その優しい手に触れてもらえるだけで、さっきまで泣いていた辛いことも忘れられる。


温かくて満たされて、なおの側で笑っていられることが、心から幸せだと思えた。

動かない心臓を、ぎゅっと締め付けられるようなこの感覚。


私はこの痛みの理由を知っている。

なおが借りてくれたDVDで何度も勉強していたから。


「なお」

「ん…?」


私はあなたに出会って、あなたの優しさに触れて、初めて人を愛するという感情を知ったよ。


好きという感情は、人の思いを無視して体を動かそうとし始める。

このまま一緒にいることが出来たらって、何度そう思ったかわからない。


なおが言葉を教えてくれた理由を、私はちゃんと理解していたはずなのに。

なおが私を成仏させたいと思っていることを、ちゃんとわかっているはずなのに。


それでも私の好きという気持ちは我がままを言って、嫌だ嫌だと逃げてしまう。


もしも覚えている記憶を話すことで、私が成仏してしまったら?

話すことで直接成仏することはなくても、成仏する方法のヒントに繋がってしまったら?


そう思うと、今までなおに話すことが出来なかった。


でもね、この前ドラマで言ってたんだ。

好きな人を想うのなら、本当に愛していると想うのなら…


「私ね、生前の記憶を少しだけ覚えてるの」

「…!」


相手の想いや、幸せを、優先しなさいって…


「聞いてくれますか?」


たとえその結果が自分にとって辛いものになったとしても、相手を想いなさいって。


「覚えてるのか…?」

「ほんの少しだけ…覚えてる。死ぬ前の記憶は鮮明に」


いつもはベッドへ座りに行くなおが、真剣な表情で床に座る。

私の前でじっと見つめてくるなおに一度視線を合わせてから、少し下へと逸らした。


「山の中で、ごめんなさいって何度も謝られてたことを薄らと覚えてる」


誰に謝られていたのかはわからない。

女の人の声で、その声が離れていく記憶。


私もその時とても悲しかった気がする。

けど追いかけることはしなかった。


どこか自分の中で納得していて、仕方がないんだって思っていた。

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