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No.13 第7話『見えない影』- 2



いつも通り笑っていることには変わりないのに、なつの顔が赤くて思わず固まってしまう。

夕日に照らされてそう見えただけなのか、なつ自身が照れてそうなっているのか…全然わからない。


それでも、嬉しそうにしているなつの表情から十分色んな感情が伝わってきた。


「もっといっぱい…勉強。話せるように…なおと」


たまに文章は繋がらなくてももう十分にわかる。

会話どころか、気持ちまで強く伝わってくる。


「話すの…楽しいね」


こうやってDVDをずっと観続けて、言葉を覚えようと必死で頑張っているのは…

僕と、話をしたいからだということも。


「なお、ありがとう…」


僕と、一緒にいたいと思っているということも、強く伝わってきた。


手を繋いで喜ぶなつの隣を、歩行者がぶつかる擦れ擦れで通り過ぎる。

なつの存在が見えていない歩行者を見て、この子の世界には僕しかいないんだって…そう、思った。


「どういたし、まし……て」


なつに繋がれた手を離さずぎゅっと握り返し、寮までの道を歩く。

こんなにしっかりと手を繋いでいるはずなのに、僕たちを照らす夕日は一人分の影しか作ってくれなかった。




寮に着いて寮生とすれ違った瞬間、咄嗟になつの手を離した。

他の人になつが見えるわけがない。それでも反射的に離してしまって一気に顔が熱くなった。


「なお……?」


不思議そうに顔を覗きこんでくるなつを見ずに、部屋の扉を開けて入る。

借りてきたDVDをゲーム機に入れてすぐに再生ボタンを押した。


「ほら」

「うん!ありがとう」


なつがテレビの前で正座をしてじっと集中し始める。

テレビに近づき過ぎで、幽霊も視力が悪くなったりはしないのかと疑問に思った。


まあ大丈夫だろ、と楽観的に結論を出して、昨日と同じようにカップ麺を取り出す。

優介に見られたら不摂生だって叱られそうだな…そう思った時だった。


『~♪』


ズボンのポケットから短い音が聞こえてくる。

カップ麺にお湯を注ぎながら、片手でスマホを取り出してメールを確認した。


「……。」


送り主は母親。本文は一言だけ。それでも僕をイライラさせるには十分な内容だった。

平静を装いながらそのままスマホをポケットの中に戻す。

カップ麺を持ってベッドへと向かい、腰を下ろした。


何が彼氏出来ただよ、鬱陶しい。またどっかのホストだろ。返信なんて絶対にしない。


そう決めて少し乱暴にカップ麺の蓋を開ける。

まだ一分も経っていないラーメンを無理やり口の中に入れた。


「固ッ、早すぎた…」

「なお…ご飯。欲しい!なつも欲しいよ!」


テレビに集中していたはずのなつが、また匂いにつられてこっちに近づいてくる。

なつに憑かれて初めて食堂でご飯を食べていた時もそうだった。


なつは食事をしている僕をじっと見つめてきたし、言葉を覚えて懐き始めてからは要求がひどい。

欲しい欲しいと我がままを言うなつに、何度ダメだと教えても、これだけは言うことを聞かずに怒り出す。


「だから、食べても意味ないだろ」

「欲しいよ!なつも欲しいよ!」

「……うるさいな」

「食べ物…なつも欲しい!」

「いい加減にしろ!何回言えばわかるんだよ!」


お前には必要ないだろッ!


そう大きく叫んだ言葉は、本当はなつに言いたかったんじゃない。母親に叫びたかった言葉だった。


叫んだ言葉を聞いて、なつの目が潤みだす。

その泣き出しそうな顔が、過去の記憶と繋がってぐっと心臓を締め付けられた。

けど今はそれさえもイライラへと変わる。


「泣くなよ。自業自得だろ」

「泣いて…ない、もん…!」


なつが眉間に皺を寄せながら必死に対抗して、怒った表情を見せようとする。

その後、零れ落ちそうになった涙を勢い良く真上を向いて飲み込んでいた。


それも無視して一気にラーメンを口の中に入れて完食する。

電気を消して、すぐにベッドへと横になった。


「なお…きらい。意地悪な…なおは、嫌い」

「……。」


悲しそうに呟きながらトボトボと離れていくなつを確認した後、寝返りを打って背中を向ける。

完璧に…八つ当たりでなつに怒鳴ってしまった。


ご飯くらい少し分けてやれば良いだけの話。

自覚はしているのに、この時はどうしてもイライラが止まらなかった。


無理やり目を閉じて寝ようとしても、罪悪感と孤独感と苛立ちが邪魔をする。

自然と眉間に皺が寄る中、突然何かが頭に触れた。


「ごめん、ね…」


悲しそうな表情をしているなつが、優しく僕の頭を撫でてくる。

なんでお前が謝るんだよ。悪いのはなつの方じゃないだろ。


そう言いたかった言葉は口から出てくることはなくて、代わりに出てきた言葉はぶっきら棒な、いいよって一言だけだった。


この三ヶ月後くらいに、どうしてあんなことを言ってしまったんだろうって、すごく後悔することになる。


でも今は、まだ何も知らないまま時が過ぎていった。

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