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No.12 第7話『見えない影』- 1



「あー、もう動くなって!」

「なお!ぶぼッ」

「鼻で息しないで口でするんだよ!違う!そんなに開けたら水飲むだろ!」

「ええぇんッ」

「わかったわかった!僕が悪かった!」


誰もいない大浴場で服を着せたまま、なつの顔面をシャワーで洗い流す。

僕が持ってる部分から出るシャワーの水はなつに当たるけど、水飛沫自体はなつの服にかかることはなかった。


都合が良いのか悪いのかわからないな、この現象…


「多少は綺麗になったっぽいし、これくらいでいいか」

「ゲホッ、ゴホッ」

「ごめんごめん、やっぱ水飲んだ?」

「それは…なに?」

「シャワー」

「シャワー、…嫌い」

「だろうな」


もうしないから安心しろ。


そう呟いた僕の言葉を理解して、なつが必死に頷き始める。

かなりの短期間で言葉を認識していて驚いた。


自分の口で発する言葉は少し片言だけど、それでもかなり話せている。

僕の言うことは、ほぼ100%理解出来ているように見えた。


「テレビ…全部観たよ」

「マジ?もう?」

「新しい、テレビ…観たい。なお、お店に、行こう」


たぶんお店っていうのはレンタルショップのことだと思う。

アニメを借りたあの店を、しっかりと覚えているみたいだった。


部屋に戻り、財布を鞄の中から取り出してため息をつく。

出費かさむなぁ、今月…


「なお!行こう!」

「はいはい、もうアニメはやめろよ」

「大丈夫!」

「絶対借りる気だな…」


なんとなくわかってきた、なつの性格が…

満面の笑みを浮かべて先へ先へと歩くなつの後ろ姿に、アニメを借りますと書いてあるように見えた。


「アニメ借りるのはいいけど…もうちょっと他のも観ろって」

「お代官様ほどでは…グヘヘへ」

「それはダメだって言っただろ、他の奴だよ」

「はーい」


返事の仕方も普通の人と同じようになってきた。

アニメ効果恐るべし…と心の中で呟く。


すぐに店の前まで到着し、なつに急かされるように自動扉を開けた。

店内を見て回るけど、専らなつが歩き回る後を僕がついて行くだけになる。


「なお、読めない」

「ああ、字は無理か」


困ったような顔で読んでと催促され、DVDの内容を読み上げる。

なつはもう絵や写真だけで判断せずに、内容で判断し始めていた。


「なつも、見たいよ」

「ほら」

「違う、の。なつが…持ちたい」

「無理。持てないだろ」


僕が手で持って見せても、なつは首を横に振って嫌だと主張する。

仕方なく、なつの後ろに回り、両手首を掴んでやった。


「ほら、触ってみろ」

「うん…ありがとう」


嬉しそうに笑いながらそれを触っては、上を向いて僕の顔を覗いてくる。

声を上げて笑うなつの顔と、触っているなつの手首の細さに、女の子なんだと実感させられた。


その時またドクンと心臓が大きく脈打つ。


意識し始めてる自分の脳に、必死でやめろと言い聞かせたその瞬間、咄嗟になつの手首を離してしまい、DVDがすり抜けてガンッと床へ落下した。


「なお、もう一回」

「…ん」

「これも…観たい」

「アニメも観るんだろ?」

「うん!」

「まあいいか、今日は二つだけな」


もう一度なつの手首を持っていた手を離し、自らDVDを手に取る。

この前のアニメの続きもしっかりと手に持って、また恥をかきにレジへと向かった。


店員と一切目を合わせないまま会計を済ませてDVDを受け取る。

またジワジワと自分の顔が熱くなるのを感じたけど、すぐにそれも無くなった。


いつも隣か後ろに憑いてくるなつが、珍しくそこにいなかったから…


「なつ…?」


借りたDVDを片手に店内を探す。

すぐになつの姿は見つかったけど、何かをじっと見つめたまま動かない様子に首を傾げた。


声をかけようと口を開いた瞬間、なつの方から話しかけてくる。


「なお、あれ…持ちたい」


一番上の段に表紙が見えるように飾られたDVD。

それを指さして背伸びを繰り返すなつに、手首を掴みながらDVDを手渡した。


「どした…?」

「なおとなつ、みたい…でしょう?」


嬉しそうにDVDを見つめながら、ゆっくりと片言で呟く。

DVDの表紙は、綺麗な田舎の山景色をバックに、夕日で出来た人影が仲良く手を繋いでいる。


タイトルや説明を読まなくてもわかった。恋愛をテーマにしているDVDだということが…

そのことを認識した時に、またぎゅっと胸を押し潰されるような、不思議な感覚がした。


「どうだろうな」

「これがなつ。これがなお。山…なつが、なおと出会った場所。…手も」


なつが指差した場所は、影同士が手を繋いでいる部分。

そのまま手首を持っている僕の手に手を重ねて、同じだねと微笑まれる。


自分が自分じゃないみたいに、体中の血管が激しく脈打ち始めた。

それを誤魔化すように無理やりDVDをその場に置いて店を飛び出す。


なつのことを気にする余裕はなくて、そのまま振り返らずに早足で歩き続けた。


「なお…!」

「……。」


早足で歩き続ける僕の後を、なつがついてこようと必死に走る。

こんなんじゃ明らかに動揺してるのがバレバレだった。


「……ッ」

「一緒に、帰ろうね…」


突然後ろから繋がれた手に、驚きが隠せない。

離せよと言おうとした口は、なつの顔を見て何も言えなくなった。

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