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No.11 第6話『鼓動の理由』



次の日、いつも通り優介と学校へ登校する。なつは昨日の夕方からぶっ続けでアニメを観ていた。

僕が部屋を出る時もそれは変わらずで、帰るまでここにいてと言えば、はい!と元気な返事が返ってくる。

あれだけ熱心なら言うことはなかった。


「…最近ぼーっとしてんなぁ」

「え…?」

「もう起きてから二時間は経ってるはずやろ。まだ目覚めてへんのか?」


前で座っていた優介が、僕を見ていたことに初めて気がつく。

ちょっとなつのことを考え過ぎていた。


「あー…覚めた」

「遅ッ、もう二限目終わったで。教室戻るぞ」

「うん…」


移動教室での授業が終わったことにも気付かず、ぼーっとしていた。

すぐに立ち上がって教室へ戻ろうとする。

その間、優介が彼女のことについて相談を持ちかけてきた。


「平田、誕生日に何やったらええと思う?」

「どうだろう…」

「お前モテるんやからそんなん得意やろ」

「いや、僕誰とも付き合ったことないし…」

「はあ?!あんだけモテんのに?!」

「え…だめ?」


すごい勢いで目を見開く優介に逆にこっちがびっくりする。そんなにチャラく見えるか?


「平田よく俺に真面目って言うけど、お前も人のこと言えんで」

「まあ、そうかも…」

「理想が高いんか?お前やったらより取り見取りやろ」

「わかんねェ…ちょっと女の子苦手かもな」

「宝の持ち腐れやん」

「…僕のことより彼女のプレゼントだろ?」


あ、忘れてた…と優介が珍しく呆ける。

今の一瞬だけ、いつもの自分達とは真逆だったことに面白くなった。


「女が喜ぶ物なんかわからんわ…」

「花とか…」

「お前それ俺にしろってか?」

「面白そうだと思って」

「遊ぶな」


もう平田には相談せんわ!と前を歩いて行く優介に、ごめんごめんと笑って追いかける。


教室に着いて自分の席に座り、教科書を引き出しの中に仕舞おうとした。

ゴン、そんな音が聞こえて引き出しの中を覗いてみる。

教科書が入り辛かった理由は、小さなプレゼントが引き出しの中に入っていたからだった。


「おー、さっそくモテるなー、平田」

「……。」

「どうしたん?また久條か?」

「ううん…違う」


プレゼントに付けられていた手紙を開いて中身を読む。

名前の知らない子か、久條さんだと思っていたのに、そこに記されていたのは覚えのある子の名前だった。しかも…


「この子、嫌いだ…」

「へー、平田が人嫌うなんて珍しいな」

「……。」


授業の開始ベルと同時に、数学担当の先生が教室へと入ってきた。




久條さんは、苦手だけど、嫌いじゃない。

強引過ぎるけど、ただ真っ直ぐなだけで裏表もない。


あの時も、腹が立てば怒ってその場で山下に言い返すし、優介にも面等向かって文句を言う。

でもこの手紙に書いてる名前の子は違った。


今年の四月、まだ優介が転校してくる前のこと。

僕が外に咲く桜を窓から見ている時に、その子は声をかけてきた。


「ひら、たくん」

「…?」

「きゃあ!こっち向いた」


二人組の女の子で一年の名札をしていた。

顔は知らないからすぐに新入生なんだとわかる。


「なに?」

「この子、今日誕生日なの」

「いいよ、セツ!」

「…そう、なんだ。おめでとう」


名前も知らない、今初めて会った子に促されて祝いの言葉を述べる。

今度は誕生日の子の方がセツと呼ばれた子について話をし始めた。


「セツ、すっごく可愛くて、今日も先輩に呼び出されてたの!」

「ちょっとやめてよ、里奈」

「あ、そう…なんだ」


だから何なんだろうとしか言いようがなくて返答に困った。

かと思ったらすぐに二人で教室を飛び出して走っていく。


首を傾げながらも仲が良い子たちだなと思った。

けど、そんなの嘘っぱちの姿だった。


次の日の休み時間に職員室から教室へ戻る途中、里奈と呼ばれていた昨日の子を発見した。

昨日一緒にいた子とは違う女の子二人と輪になって話をしている。


まだ四月なのに友達がいっぱい作れる子なんだなと思いながら、その隣を通った時だった。


「昨日さ、あのブスのこと嘘ついてまで褒めてやったのに、私のことは誕生日だってことしか言わなかったの」

「はあ?何それ」

「あいつ自分の株だけ上げたかったんじゃない?同盟組もうって言い出しといてさ」

「マジでやり損だわ、最悪」

「今度は私が言いに行ってあげるからさ、元気出しなよ」


ああ…そういうことか。

一瞬で昨日の全てが嘘で醜いアピールだったんだと知った。


ここにいないセツっていう子も、平気で悪口を言っている里奈っていう子も、ここにいる名前の知らない女の子二人も…女の子ってこんなもんかって心の中で思ったのを覚えてる。


僕が通り過ぎた後、やっと里奈という子が僕の存在に気づいて慌て始めた。


「平田くん…昨日は、ごめんね」


もう今更遅いよ。全部嘘で作ってるんだろ?その笑顔も、その言葉も、友達だって…


「別に…」


一言それだけ呟いて、教室の中へと入った。




――――らた、平田!


微かに夢の中で聞こえた優介の声。

何だろう…と呆けていると授業中だったことを思い出し、寝ていた頭を勢い良くバッと上げる。


いつの間にか眠っていた僕を、何故か教室にいる全員が見つめていた。

そこでやっと先生に当てられていたことに気がつく。


「おはよう、平田。問五だ」

「あ、すいません…」

「それは科学の教科書だぞ」

「え、マジ?」


一斉に僕のバカさにクラス全員が笑い始める。

もう寝るなよーという先生の言葉に、はい…と返事をして僕も笑った。


「ナイス、天然」

「起こせよ、優介ー」

「俺は起こしたで、何回もなっがいまつ毛ワサワサしたった」

「起こし方が微妙過ぎるだろ」


前に座る優介の背中に軽くパンチをする。そしたら左右に上体を動かし始める優介に、悪意を感じた。


笑かせてまた先生に注意させようと必死に謎の行動を続ける優介。

びよーんびよーんと左右に伸び縮みする後ろ姿に笑い転げそうになった。


その後も六限まで繰り返される優介のボケに必死で耐えた。

さすが関西出身、クオリティーが高い。


「やっと終わったー!」

「俺、部活行けるやろか」

「なんで」

「ボケんのに必死過ぎて動き過ぎた、体痛い」

「ヤバい、今のが一番面白かった」


っていうか運動部だろ、鍛えろよ日頃から。

今まで我慢した分を発散するようにお腹を抱えて笑う。

そんな僕を見て優介が笑顔になりながら、教室の出口へと進み始めた。


「最近ぼーっとしてるか寝てるかやと思ってたけど、そんだけ笑ってたら元気やな」

「え…?」

「俺今日も夜デートやから部屋行けへんで?」


また明日ー。そう言いながら教室を出ていく優介の後ろ姿にジーンとする。

本気で、僕も優介も女の子じゃなくて良かったって思った。いやそれは偏見なんだろうけど。


夢を見たあの映像が色濃く残り過ぎて、ふとそう感じてしまった。


「…心配かけて悪かったな」


呟いた言葉はちょっと照れくさくて、自分の頭を勢いよく掻いた。






夢で見た過去のことを考えながら寮へと戻る。


別に、女の子が嫌いなわけじゃない。

優介みたいにバイト先で知り合って好き同士になって、付き合うとか正直羨ましい。


でも告白してくれる子や、手紙をくれる子を見ると、どうしても躊躇してしまう。

この子にも裏があるんじゃないかとか、今は隠しているだけで本性は違うんじゃないかとか。


「大谷、里奈…」


今日プレゼントと一緒に付いていた手紙。そこに書かれていた名前を呼んで嫌悪感を抱いた。

好きですと書かれた文字を見ても、全く嬉しくもなかった。


「自分の想いさえ通れば他はどうでもいいのか?」


他人を利用して蹴落として、汚いことを平気でやってのけるこの子を好きになれるわけがない。

少しイライラしながら、自分の部屋の扉を開けた。


「…なお!お帰りなさい!」

「……!」


無邪気な笑顔を向けながら、かけられる言葉。

心から純粋で真っ白な笑顔に、嫌な記憶や感情が洗われていくようだった。


「ただい、ま…」

「言葉!覚えた!上手?」

「うん、上手い」

「なつ、なおとしゃべれる!」

「ほんとだ…」

「なお…」


ありがとう。


綺麗な感情と言葉が、なつから真っ直ぐに伝わってきた。


「まだ、覚えて…いっぱい、なお、と、しゃべれ、るようになる」

「うん…」

「わかりにくく、て…ごめんね?」

「…そんなことない」


今、その一生懸命ななつの言葉で、救われた気がする。

嫌な感情とか、人を疑う気持ちとか、悪いマイナスなこと全部。


「ありがとう…」


なつの笑顔が、綺麗でキラキラしてて…もっとこの笑顔を見ていたいとこの時そう思った。


「なつの笑顔は可愛い、と思う」

「ほんとう?」


理解しないことを半分祈りながら言った言葉に、反応が返ってくる。

こんなこと、女の子に言ったことがなくて、心臓がドクンドクンと大きく脈打ち始めた。


「なつも、なおの笑顔が、好き」

「…そ、う」

「優しい、大きくて、髪を切る、手も好き」


なんでだろう…

文章はバラバラなのに、こんなにも気持ちが伝わってくる。


「なお、は優しい、男の子だから、なつが守ってあげる」


ね?と首を傾げながら手を握られた。なんか…


「立場逆だろ。僕が守る方」

「そうなの?」

「そう、なつは女の子だから守られる方」

「守って守られる…すてき!」

「んー、なんか違う気もするけど…」


まあいいか…と笑ってみせれば、なつもより一層笑い始めた。


なつが幽霊だという事実よりも、目の前にいる女の子が笑っていることの方が、ずっとずっと、大切だと思えた。

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