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No.9 第5話『覚えた言葉』- 1



学校が終わってすぐに寮へと戻る。

朝伝えた言葉をちゃんと理解して、なつがテレビを見ていたかが気になった。


部屋の扉をそーっと気付かれないように開けて、中の様子を覗き見る。

テレビの至近距離で正座をしながら、じっと画面を凝視しているなつがいた。


とりあえず、作戦成功か…?


「……!なお!」

「ただいま…」


隙間から覗いていたのがバレて部屋の中へ入る。

昨日の覚えがいいなつを思い出し、どのくらい言葉を覚えられたのかを期待した。


「なんか…覚えた?」

「はい!」


元気良く返ってくる返事に、おおっと感心する。

僕の言った言葉にも素早く反応した上に、理解までしているみたいだった。けれど…


「お代官様、例の物どう致しましょう。ほっほっほ、お主も悪よのう…。いえいえいえ、お代官様ほどでは…グヘヘ」

「うん、テレビ禁止にしよう」


一瞬で自分が犯した過ちに気付かされる。

テレビを見せるにしても、もっと見る番組を抜粋しとくべきだった…


覚えてしまったセリフを帳消しにさせるため急いで鞄から財布を取り出し、部屋の扉を開ける。


「なお…!」

「すぐ戻るから!えーっと、ここで…待てるか?」

「んーん!んーん!」


『はい』とも『うん』とも言わず、『わからない』とも言わないなつが必死に何かを訴えてくる。

どう見ても、僕の言ったことを理解した上で嫌だと言っているように見えた。


これは何て言っても憑いてくるような気がする…

仕方がないと諦めて、少し微笑みながら行くぞと声をかけた。


言葉の意味がわかっていないなつに手招きをしてやると、こちらが驚くほどの嬉しそうな顔で駆け寄ってくる。


なんか、幽霊っていうよりも犬のように思えてきた。

きっとそれは話せないなつを行動や表情だけで見ているからだと思う。


あとは幽霊と思えないこの感情の豊かさが、そう思わせてるんだろうな…


ニコニコと笑いながら見つめてくるなつの頭を、躊躇しつつ手で撫でてみる。

そうすれば、また髪を切った時みたいに喜んで、手を口に当てて照れ笑いをし始めた。



寮を出て歩くこと五分、目的地へと到着する。

その建物の中に入り、ずらっと並ぶ棚の間を抜けながらキョロキョロと辺りを見渡す。


「お、あった」


棚から目的の物を手にとって、中に入っているDVDを抜きとった。

今、学生の間で人気になってるドラマのDVD。これなら変な台詞もないし、なつも興味を示すんじゃないかと思った。


「なお!なお!」

「ん…?」


レジへ持って行くために歩き出そうとした瞬間、服をグイッと引っ張られる。

なに?と聞いてもグイグイと引っ張られ続け、仕方なくそのままなつの後をついていく。


すると目的の場所まで来たのか、突然ピタッと足を止めて一つのDVDを凝視し始めた。

まさかな…と思わず頬の筋肉が引きつる。


今察したことは間違いであってほしいと心から願っていたのに、なつは僕とは対照的に目をキラキラさせながらそのDVDを指差していた。


何で気に入ったのかは謎。

たぶん、カバーの絵に魅かれたんだと思う。


「それを…僕に借りろって?」


超がつくほど目がキラキラしている少女漫画のアニメ版だった。しかもロングセラー。

色々と問題があり過ぎて、すぐに手が伸ばせない。


「っていうか、これの意味わかってんのか?テレビで観るものだって」

「……?」


DVDを指さしながら聞いてみても、まだ意味はわかってなさそうだった。

さっきは犬って思ったけど、今度は小さい子どもを連れているような気分になる。


「やっぱこれはなし」

「んーん!んーん!」

「……。」

「なお!んーん!」


なつが意味もわかっていないくせに服を引っ張って強請ってくる。

泣かれるのだけは避けたくて、大きくため息をついた後、アニメのDVDを手に取った。


そのままの勢いでレジへと向かって、十巻分のDVDをバッとそこへ置く。

店員の顔は、一切見ることが出来なかった。


「もう…あんな恥ずかしい思い二度としたくない」

「お代官様ほどでは…グヘヘヘ!」

「それやめろ」


帰り道、顔が熱くて仕方ない僕の隣をなつが笑顔で歩く。

夕陽のお陰で顔が赤くなっていることは周りの人にバレてないと思うけど…クソォと呟きながら、隣ではしゃぐなつの両頬を片手で掴み込んだ。


「ぶぅ…」


タコみたいな口にされているにも関わらず、全く嫌がるそぶりを見せてこない。

それどころか嬉しそうにぶーと言ってみせるなつに、まあいいか…と顔の筋肉が緩んだ。


「早く…成仏出来るといいな」

「お主も悪よのう…」

「だからもうやめろってそれ」


一刻も早くちゃんとした言葉を覚えさせるために帰る足を早めた。


部屋に着いてさっそくDVDをゲーム機の中に入れる。

その姿を隣でじっと見つめてくるなつを余所に、ピッとコントローラーのボタンを押した。


『私は…同じクラスの片瀬君に恋をしていた』


うわー、少女漫画って感じ。しかもゴリゴリの。

頬が引きつるくらいのアニメ映像に苦い顔をしてしまう。


隣にいるなつの反応が気になり、そーっと首を横に動かして様子を覗ってみた。


「え…」

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