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No.7 第4話『親友』- 1



放課後になり、帰宅部の僕は部活に行く優介と別れて寮へと戻る。

優介には何度もサッカー部へ入れと誘われているけど、色んな運動部を断り続けているから優介の誘いも同じように断った。


理由はゲームがしたいからなんだけど、優介以外には適当に理由をつけて断っている。


「なつ」

「……?」

「ここ、座って」


始業式の間もずっと隣に立っていたなつに、何度笑いを堪えさせられたかわからない。

絶対笑ってはいけない場所で吹き出す僕を、周りの人が変な目で見ていた。


もうあんなことには二度とならないように、部屋へ戻って即行切り直し作業に入る。


「ん…そのまま動くな」

「うご…く、な」


ジェスチャー付きで指示した後、後ろ髪にハサミを入れてジョキジョキ切る。

前髪の短さに合わせて後ろも短くしようと思ったのが間違いだった。


「あー…、なんでだろ」


刈上げとまではいかないけど、かなりのショートカットになってしまう。

まあいっか…前のモジャモジャよりは良いだろ。


「一応…見る?」


どんな反応を示すか怖い気もしたけど、そーっとなつの前に手鏡を持ってくる。

それをじーっと見て不思議そうな顔をしていたなつが、突然バッと立ち上がった。


「ね、ぇ…!なつ!」

「あー、うん。それ…なつ」


半笑いになる僕とは対照的に、なつは飛び跳ねながら満面の笑みを浮かべてはしゃぎ回る。

どうみても喜んでいるように見えて、予想していた反応とは違うことに首を傾げた。


するとなつがもう一度椅子に座り直して僕に何かを催促し始める。


「……え、まだ切るのか?」


ハサミを指さしながら自分の髪の毛を触って目で合図を送ってきた。

いや、もうさすがに切れないだろ。スキンヘッドになるぞ。


「だめ、終わり」

「だ…め?」

「うん、だめ」


何となく僕の言ってることを理解したのか、その途端ショボーンと落ち込みだす。

うーんと悩んだ後、別のことで気を引くことにした。


「なつ、これ見て」

「…?」

「これ、ハサミ」

「は…さみ」

「そう、ハサミ。これはイス」

「いす」


まずは単語から教えていこうと思って、部屋にある目についた物全てを指さしながら言ってみた。

我ながら気遣いの出来ない教え方で、ひたすら次の物の単語を言っていく。


普通こんな教え方だと覚えられないよな…と自分に呆れながらも、一通り部屋の中の物を言い終える。

一つくらいは記憶出来たかもしれないという望みを託し、教えた言葉を始めから聞いてみることにした。


「これは何?なつ」

「ハサミ」

「おお…当たり。次、これは何?」

「テレ、ビ」

「おお、まぐれか?これは?」

「ゲーム…」

「……。」


この子、天才かもしれない…。


その後も教えた物の全ての単語を忘れずに尚且つ間違えずに答えていく。

この調子だと本当に会話が出来るようになるかもしれないと希望を持てた。


最終目標は会話をして、何故僕に憑いてくるのかとか成仏の仕方とか、とにかく僕から離れる方法を考えることだった。


「じゃあ、僕の名前は?」

「なお…」

「惜しい、なおと」

「なお…」

「と!」

「なお!」

「と、だって…。もしかしてわざと言ってる?」

「んふふ」


口を押さえながら照れ笑いするなつに、完全に遊ばれていることがわかる。

なつは僕の言葉の大半がわかっていなくても、表情や動作で言っていることを読み取っているみたいだった。


「もうなおでいいよ。朝、怪我したとこは…?見せて」

「なお!」

「はいはい」


覚えたての言葉を次々と叫びながらじっと見つめてくる。


嬉しそうに笑い続けるなつの額へ手を当てて、腫れの具合を確認する。

午前中ずっと冷やしていたこともあって、額の傷は少し治まっているように見えた。






その日の夜、優介が約束通り遊びに来て一緒にゲームをした。

普通になつが僕の隣で座って見ているものだから、何だか三人で遊んでいるように錯覚する。


「おい、平田!タイヤパンクしてんのに走んなや!」

「まだいける!」

「俺にぶつかるやろ!タイヤ交換せえ!」

「せー!」


なつが優介の言葉を真似しながら、テレビ画面を食い入るように見つめている。

関西弁を覚えたらどうしよう。女版優介みたいになったら笑いが止まらなくなりそうで、心の中でやめてと呟いた。


「あと一周だから平気!」

「俺が平気ちゃうねん!あーッ」


僕の運転していたレーシングカーが優介のレーシングカーにぶつかって一緒にクラッシュする。

あーあ、と笑ってる僕の首を優介が思い切り絞め始めた。


「お前は何で俺の言うことをいつも聞かへんねん」

「ぐっ…マジで絞まってる…絞まってるって」


やっと離してくれた優介がはあっとため息をつき、ベッドへと寝転がる。

お詫びの印にと思って、なんか飲むか?と聞くと、緑茶…と気だるげに返してきた。


「飲み物まで真面目…」

「うっさいわ。早く入れたまえ」

「へーい」


ミニ冷蔵庫から優介用に買っておいた緑茶の紙パックを取り出してコップへ注ぐ。

緑茶はあまり好きじゃないけど、ついでだから自分の分もコップへと注いだ時だった。


「平田…」

「んー?」

「お前、昨日から様子おかしいのは何でや?」

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