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No.6 第3話『きっかけ』- 2



「平田…七生人」

「ひら…?」

「そう。ひらたなおと」

「な、お…」

「きみは?だれ?」

「わか、ら…」

「そっか…」


生きてた頃の、記憶はないのかもしれない。

自分の名前すら覚えていないみたいだった。じゃあ…


「なんて呼べばいいんだろ」

「なん…」

「幽霊って呼ぶのも変か…」

「ゆ…れい」

「あー、面倒だから『なつ』でいい?」

「…?」


夏に出てきたのと、お化けといえば夏って感じ!


そう冗談半分に笑いながら話しかけてみたら、会話をしてもらえてることが嬉しいのか目が笑ってるように見えた。


「なつ…覚えた?」

「な…つ、おぼえ…」

「きみはだれ?」

「わか、ら…」

「違う。なつ」

「な、つ」

「そう。なつ」


幽霊を指差しながら何度もなつと教える。

オウム返しにするのは必死に言葉を覚えようとしてるんだってことがこの時わかった。


「きみはだれ?」

「なつ…」

「そうそう」


もう僕のつけた名前は覚えて認識もしているみたいだった。


なつは覚えが早いのかもしれない。

少しずつ言葉を教えれば、片言くらいでならちゃんと会話が出来るようになると思った。


「あと、髪の毛何とかしよう」

「あ…?」


今のままだと片目しか顔が見えていない。

どれだけ伸ばせばこんなことになるんだ?髪の毛を片手で押さえていないと、氷で冷やすことすら出来なかった。


「んー、これ切れるのか?」


とりあえずハサミを持ってきたはいいけど、どう切ればいいのかわからず首を傾げる。

女の子の髪どころか、人の髪なんて生まれて一度も切ったことがない。

ましてや幽霊の髪なんて切ったことがある人はいないと思う。


顔が見えれば何でもいいか…

そう思って顔を覆っている髪をジョキジョキと適当に切り始めた。


「あー…」


切り過ぎた。完全に…

斜めってるし、まあいいや。


「前よりはマシだろ。たぶん…冷やしやすいし」

「なつ!」

「そうそう」


僕に髪を切られても一切嫌がることはなく、むしろ嬉しそうにニコニコと笑い始める。


鏡見せたらどんな顔するだろう…寝かせた状態で切った前髪は後ろとはアンバランスで、眉上で斜めっている上に、後ろはまだぐちゃぐちゃのままだった。


なつに何度もジェスチャー付きで、ここで寝てろと伝え、学校へ急ぐ。

体育の授業どころかもう昼休みになっていた。

キビ先に見つからずに授業が無事終了したことを祈りつつ、教室の扉を勢い良く開ける。


「やっと戻ってきたんかサボり魔ー」

「優介!キビ先怒ってた?!」

「いや、普通に気ついとらんかった」

「あー、良かったー」

「そうでもないで。四限目まで休んだやろ」

「ゲッ…」

「まあそれは寺西が体調不良で保健室行ってるって言うてくれてたけど」

「もう脅かすなってバカ介」


自分の席に座りながらほっと胸を撫で下ろす。

寺西のフォローに感謝しながら、椅子にもたれかかった。


「そんなこと言っていいん?今平田の胃袋を掴んでんのは俺やで?」

「え…?」

「もう購買行っても飯は売り切れ。弁当もどうせ買ってへんやろ」

「忘れてた…」

「そうやと思った」


優介が自分の机の引き出しから大量のパンと飲み物を出して、僕の机へと並べてくれる。


どう?と笑いながら聞いてくる優介に、申し訳ございませんでしたと深々と頭を下げてからサンドイッチに手を伸ばした。


「五限目、何だっけ?」

「始業式やろ。平田の方がこの学校長いはずやのに何で俺が知ってんねん」

「あ、そっか。毎年そうだった」

「ほんまにちゃんと中学からいたんか?」


本気の呆れ顔で見つめてくる優介に、ごめんごめんと笑いながら焼きそばパンを頬張る。


僕は中学一年から寮に入ってこの学校へ通い始めた。

優介は高校一年からでしかも転校してきたのが今年の五月。まだ新米のペーペー。なのに僕よりしっかりしてる。


「さすが真面目くん」

「平田が適当過ぎるだけやろ」

「それは言えてる…」

「あッ!平田くん!」


優介と話をしている最中に、教室の扉の方から声が聞こえた。

この甲高い声と、僕を君付けで呼んでくる所から何となく誰かは想像がついた。


「なに?久條さん」

「さっき体調不良で保健室に行ってるって聞いたから行ってみたんだけど、もう戻ってきてたんだ!」

「あ…うん」

「心配したんだよー?」

「なんでお前がそれ知ってんねん、違うクラスやろ」

「ひみつ」

「あー、えっと…もう大丈夫だから」

「足も怪我したって聞いたよー?」

「もうええっちゅーねん!飯食わせたれや!」


休み時間が残り少ない中ひたすら話しかけられ、昼食がとれなかった。

そんな僕を見て代わりに優介が叫んでくれる。優介の優しさが身に染みて涙が出そうになった。


この子は、どうも苦手だ…。

ぶつぶつと文句を言いながらも、優介に怒鳴られて離れていく久條さん。その様子を見て、はあっと深くため息をついてしまった。


「優介…ありがとう」

「気にすんな。はよ食べ」

「結婚しような」

「……なんでお前みたいなんがモテるんやろうな」

「嫉妬か?優介一筋だから安心しろよ」

「……。」


また優介の無視が始まって、あははっと笑いながらジュースを口に含む。

その後、変な気配がしてちらっと扉の方を向いてみた瞬間…


「ブーーーッ」

「汚ッ!何してんねん、平田!」


額が丸出しで後ろ髪がモジャモジャのなつが立っていた。

ヤバい…不意に出られたら反応せざるを得ない。帰ったらちゃんと切ってやらないと僕がもたない!


お腹と口を押さえて必死に笑いを堪えても、どうしても治まりそうになかった。

そんな僕に優介が不思議そうに首を傾げながら呟く。


「やっぱ何でモテんのか謎やわ…見た目だけか?」


今は笑いを耐えることに必死で、何も優介に言い返せなかった。

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