「え…?」
頭を抱えたまま蹲る幽霊に、どうすればいいのかわからなくなる。
この子が僕を庇ったのか?幽霊なのに?
色んな疑問が出てくる中、僕に声をかけてきたのは山下だった。
「平田、怪我は?!」
「や…ないけど」
「おー!悪い、平田大丈夫かー?!」
「あ…うん」
「ちょっと!なんで野球ボールなんて持ち出してんのよ!」
「試合の待ち時間暇だったんだよ」
ボールを誤って投げた寺西が急いで駆け寄ってくる。
隣で口論になり始める山下と寺西よりも、目の前で唸り声を上げている幽霊の方がすごく気になった。
「悪い、寺西。ちょっと寮に戻りたいんだけど、キビ先が僕のことに気づいたら適当に誤魔化して」
「あ?いいけど、お前何してんだよ」
「ええっと…」
幽霊を背負ってますなんて言えない…。
自分の背中にひょいと背負った動作や、上半身を前のめりにしている僕の姿だけが二人には見えているみたいだった。
「やっぱ腰打ったみたいでさ、寮で休んでくる」
「え?!やっぱり怪我してたの?ちょっと寺西!」
「マジか?!悪い、保健室まで運ぶか?」
「あー、そこまでひどくないから。つーか…」
サボりたいだけだから、誤魔化し頼んだ。
それだけを伝えて、そのままグラウンドの端の方へと移動する。
後ろから山下のコラー!という声が聞こえたけど、今はそれ所じゃない。
グラウンドの端にある鉄網には、人が通れるほどの穴が空いていてそこが調度隣の寮へと繋がっている。
ここなら校門を通って学校を出なくても、バレずに寮へ戻ることが出来た。
少し痛む左足を庇いながら、寮の階段を登る。
背負っている幽霊は軽くて、でもしっかりと人の重みがあった。
「おい、無事か?」
背負っていた幽霊に声をかけながらベッドへと降ろす。
死んでいる相手へ無事かと聞いてみたけれど、表現が間違っているのかいないのか、自分自身でわからなくなる。
でもまたううっと幽霊が声を上げ始めたから、考えるのをやめて真剣な顔で覗き込んでみた。
「痛みを…感じるんだ」
幽霊が手で押さえている部分に目を向けながら、手を退かしてみる。
「見えないし…」
顔を覆った髪が邪魔で、怪我をしているのかもわからない。
ちょっと怖い気もしたけど勇気を振り絞り、幽霊の髪を掻き分けて怪我の具合を見ようとした。
「は…?」
なんだこれ。
「ウソだろ…?」
想像していたのは、なんかこう妖怪みたいな、一つしか目がない奴とか。口が裂けてて鼻がないとか、そんな顔だったのに全然違った。
普通に、可愛らしい女の子だった。
「意外過ぎて開いた口が塞がらない…」
「うえぇんッ」
よっぽど痛いのかまた両手を額に当てて叫び出す。
もう一度怪我の様子を見るために手を掴んで退かしてみると、少し腫れているように見えた。
「幽霊も怪我するんだ…。とにかく、氷…でいいのか?」
迷いながらも幽霊をその場に寝かせたまま食堂まで行って氷をもらう。
すぐに戻ろうと振り返った瞬間、置いてきたはずの幽霊が僕の後を追って来ていた。
「何やってんだよ、戻るぞ」
「うう…」
まだ額に手を当てて泣いている幽霊に声をかけて部屋へ戻る。
僕の後を大人しくついてくる幽霊に、もう何の恐怖も感じなくなっていた。
「ボールは当たるんだから、氷も当たるよな?」
疑問に思いながらゆっくりと額に氷を当ててやる。
思った通り、ちゃんと冷やすことが出来た。
もう一度ベッドの上に寝るように指示したけど、言葉の意味がわかっていない幽霊が面倒になり、そのまま抱き上げて寝かせてやる。
「ん…このまま動くなよ」
そう手でジェスチャーをしながら氷から手を離した。けれど…
「え…?」
突然、幽霊の額に当たっていた氷がすり抜けてベッドへと落ちる。
さっきまでは物質に触れていたはずなのに僕が手を離した途端すり抜けた。じゃあベッドは…?
ベッドから立ち上がり、幽霊の状態を確認する。
幽霊は一向にベッドからすり抜けることはなく、寝かせた状態のまま動かなかった。
「どうなってんだろ…」
じっとベッドと幽霊を交互に観察してみると、微かだけど幽霊が寝転んだまま浮いている。
僕を庇った時も、確かほんの少しだけ背中に接触していたような気がした。
「僕が触ってたら…物に触れられるのか?」
導き出した答えを証明するため、さっきすり抜けた氷を持って幽霊の額に当ててみる。
やっぱり僕が持っていれば、氷はすり抜けずに腫れた額を冷やすことが出来た。
「…まだ痛い?」
「ううッ」
「意味…わかってないと思うけど。…ごめん」
庇ってくれて、ありがとう…。
そう小さくお礼の言葉を口にしながら、少し俯く。
学校へ行く前冷たく接したはずなのに、それでも庇ってくれたこの子が幽霊とか妖怪とかじゃなくて、普通に優しい人間のように感じた。
「あ…りが?」
オウム返しが聞こえた後、細くて小さな手が僕の方へとゆっくり伸びてくる。
なんだろうと不思議には思ったけど、今までみたいに逃げたいとは全然思わなかった。
手が僕の頬へと触れて、感触を確かめるように動く。
「だ…れ?」
小さく囁かれた質問に、この時初めてまともに答えを返した。