「……。」
僕が人といても、幽霊は現れるようになった。
食堂で朝食をとる間、ずっと見つめられたままで食べ辛い。
その上、優介の話が全然頭に入ってこなかった。
いや、まあこれはいつものことだけど。
「珍しく朝食の時目覚めてると思ったら今度は俺の隣じっと見て…どうしたん?」
「や…何でもない」
「ふ~ん、まあええけど。今日一限から体育やで」
「え…?!」
体操着忘れた!そう叫びながら急いで立ち上がって食器を片づけに行く。
足が痛くてぴょこぴょこと走る僕の後ろから、やっぱりなーと呆れながら笑う優介の声が聞こえた。
「俺、先学校行っとくで?一人で行けるか?」
「おう、余裕!すぐ追いつく!」
「遅刻せんようになー」
食堂の入口で別れた後、すぐに自分の部屋へと戻る。
こんな足で体育の授業を受けること自体無理だと思うけど、体育のキビ先が見学を許すとは思えなかった。
この前、腕を骨折した大谷にですら見学するなとキレていたくらいだ。
女に優しく男に厳しいキビ先に呆れかえりながら、散らかっている部屋の中に入る。
クローゼットに入れていた体操着を取り出して、部屋を出ようとした瞬間…
「ね、ぇ…」
また、あの幽霊の声が聞こえた。
後ろを振り返ってみれば扉付近で突っ立ている幽霊がいて、とりあえず返事をしてみる。
「なんだよ、今急いでんだけど」
「だ…れ」
またその質問か…。
幽霊の質問には答えることなく、部屋の扉を閉めて学校へと向かった。
言葉がわからないのに、会話をしていても仕方がない。それよりも今は遅刻するかしないかの方が大事。
一分でも遅刻すればまたキビ先が門の前で説教してくる上に罰掃除までさせられる。
真隣にある校舎にならダッシュで一分あれば行けるけど、足を怪我してる今は一分一秒も争う状態だった。
「せーふ!!」
教室の扉を開けて満面の笑みで叫ぶ。窓際の席にはもうこちらを見ながら笑い返してくれる優介がいた。
「間に合わんと思った」
「余裕の平田くん」
「もう意味わからんこと言わんといてー」
おもんないし。
そう冷たく呟かれた言葉にまた凹みながらも、優介の後ろにある自分の席へ腰を下ろした。
「優介が転校してきてしばらくは笑ってくれてたのに…」
「いつの話や。恥ずかしい過去はもう忘れて」
「そこまで言うか?」
お互いに笑い合いながら、机の下から優介に軽く蹴りを入れる。
すると今度は優介が痛い方の足を狙って軽く蹴りを入れてきて、速攻でまいったと宣言した。
ホームルームを終えてすぐ体操着に着替え、グラウンドへと歩く。
今日は男女ともグラウンドの日で、女子の先生が休みなのか、珍しく合同で体育を行った。
「キックベースって…」
「めっちゃおもろそうやな、平田」
「うん、泣けてくるくらい」
隣でブッと吹き出しながら笑ってくる優介に、笑うな!と注意する。
どう考えても無理な授業に苦笑しつつ、キビ先のことをチラッと覗き見た。
見学者がゼロであることを誇らしげに語り始めるキビ先に、今更休みたいと言えるわけがない。
やるしかないか…と大きくため息をつきながら腹をくくった。
男女混合のため人数が多い分8チームに別れて2コートで試合をすることになる。
これならサボれるかもしれないと希望に満ち溢れていた矢先、一試合目が自分のチームだと言われ絶望した。
試合が開始されて仕方なく自分が蹴る番の時は軽めに蹴り、足を引きづりながら走る。
「…ッ!いってェ」
「なに平田?足怪我してんの?」
「そう…」
「あんた運動神経は良いのに変なとこ抜けてるよね」
「うっさい、山下」
優介だけじゃなく、クラスメイトの山下にまでバカにされた。
山下は何かと僕の欠点やヘマを見つけては、こうやって声をかけてくる。
その時、ようやく一試合目が終わる笛の合図が聞こえた。
すぐさまコートから離れ、見つからないようにサボろうと試みる。
「ねえ、なんで怪我したの?」
「言わない」
「ねえ、なんでなんで」
せっかく人がこっそり隠れようとしているのに、山下は試合後も僕の後を追ってくる。
お前みたいな声のでかい奴がいたらバレるだろ。
「あー、もう黙れって!山下も隠れろ」
「なに?隠れてたの、あんた」
「そうだよ、見ればわかるだろ」
「丸見えなんだけど……」
「いーから、こっち来いって!」
ぐいっと山下の腕を引っ張り、自分の隠れていた体育倉庫の裏へと隠れさせた。
「何よ、いきなり」
「声でかいんだよ。もうちょっと抑えて」
「はいはい。で?なんで怪我したの?」
「山で落ちたんだよ、崖に」
「ええ?!」
またでかい声で叫ぶ山下にゲッソリとする。
無理だ、こいつといると完璧にバレる。
教えたんだからもうついてくるなよと山下に一言釘を刺し、体育倉庫の裏から出る。
別の場所で隠れてゆっくり休もうとする僕の意図を、山下は全く汲んではくれなかった。
「超マヌケじゃん、平田!」
やっぱり山下はついて来て大声で話しかけてくる。
どうしようかと頭を悩ませていたその時、野球ボールが物凄い勢いで飛んでくるのが見えた。
「避けろ、山下!」
「え…?」
叫んでも反応仕切れていない山下に、足も気にせずダッシュで駆け寄った。
そのまま咄嗟に山下を庇うように抱いて、これから来る痛みに目を強く瞑る。
あの速さのままボールが直撃するのだとしたら、俺の体はただじゃ済まない。
「…ッ」
でも…僕に当たるはずの玉は掠りもせずに地面へと転がっていった。
何が起こったのか、さっぱりわからない。
少し呆然としながら転がるボールを見つめた後、山下を離して、ボールが飛んできた方向に振り返った。
そこに…
「う゛う…」
痛そうに頭を抱えて蹲る、あの幽霊がいた。