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No.2 第1話『出会い』- 2



「だ…れ?」

「……!」


また微かに聞こえた女の声に、こっちのセリフですけど!っと突っ込みたくなる。

でも今そんな返事をしてしまえば呪い殺されるかもしれない。


ここは慎重に、尚且つ冷静に、聞こえてないフリをすることにした。


「ね…ぇ」

「……。」

「だ…れ…」

「……。」


いくら無視をしてもしつこく声をかけてくる幽霊に、どうしたものかと冷や汗が流れ始める。

僕は霊感なんてない。今までにこんな体験をしたこともない。


こんな時はどう対処すれば正解なのか…何一つわからなかった。


「あー、もう!わかんねェよ!」


正直な感情が、思わず口から言葉となって飛び出していた。

優介にはよく、平田は素直で頭が悪いなと褒められるけれど…こんな状況で素直に感情を言葉に出してどうするんだと自分のバカさに嫌気がさした。


「わか…ら」


僕の言ったことを自分が問うた質問の答えだと勘違いをしたのか、後ろに立っている幽霊が小さな声で呟いてくる。

何度も何度も僕の言ったことをオウム返しのように囁いていて、でもはっきりとは聞き取りにくかった。


それはこの子が幽霊だから僕が聞き取れないだけなのか、それともこの幽霊が元々流暢に会話出来ないだけなのか、もうわからないことばかりだった。


「わた…しも、わか…ら」


また後ろから、か細い声が聞こえてくる。今度は僕の言った言葉を繰り返していなくて、自ら何かを伝えようとしているように感じた。


私もわからないって…言ったのか?この子は、自分のことが誰だかわかっていないのか…?

そう冷静に考えを巡らせることが出来るくらい、少しずつだけど精神に余裕が出てきていた。


初めてこの子を見た時よりは、怖いという感情が薄まってきているように思える。


もう一度勇気を出して後ろを振り返ってみようかと考えた時、崖上の方から待ちわびていた人物からの声が聞こえてきた。


「平田ー!」

「優介!!」


優介が呼んでくれた大人の人達が、崖下へと落りてきて手を貸してくれる。


助かったと思いながらチラッとさっきまで幽霊がいた場所に目を向けてみれば、もうそこにあの子の姿は見当たらなかった。


無事に救出され、優介と共に下山する。捻った足を庇うため優介の肩に腕を回し、試し歩きを行った。


本当に二人だけで下山できるのか?と声をかけてくれる優しい大人の人達に元気良く大丈夫ですと答え、何度もお礼を言った後ゆっくりと二人で歩き出す。


大人の人達が去ったことを振り向いて確認し、今一番気になっていたことを思い切って優介に尋ねてみる。


「なあ、優介」

「何や」

「崖の下に…何か見えなかったか?」

「マヌケな平田が見えたで」

「誰がボケろって言ったよ」

「は…?他にどんな意味があるん、今の質問に」

「いや…何でもない」


助けてくれて、ありがとう。


そうお礼を言ってからはお互いに黙って歩き続けて、怪我の影響で下山するのに一時間半もかかった。

そしてあの不思議な体験は自分の心の中だけに閉まっておくと決めて、その日はそのまま自分たちの住んでいる学生寮へと戻った。


僕達の学生寮は学校の校舎の真隣に建てられていて、一言で表わせばボロ屋。


築何十年とかのレベルではないサビだらけ。階段は鉄のくせに歩けば変な軋む音がするし、部屋は一人で使えるけど四畳半。風呂、トイレも共同。


食堂はあるけど別にそこで食べなきゃいけないわけでもない。

部屋に持ち帰って食べてもいいし、外出も自由。特に禁止されていることはなく、規則的には全然厳しくはなかったから居心地はまあまあ良かった。


二階にある自分の部屋まで優介の肩に腕を回したまま歩き、ドアノブに手をかける。

もう一度優介にお礼を言った後、明日は僕の部屋でゲームをする約束をして別れた。


正直、今日は一緒に寝てくれないかと言いたくなったけど、昼間の結婚しよう発言のこともあって、これを言えば完全に無視されることが目に見えている。


半笑いになりながら、諦めて優介の背中に手を振った。

この後、殴られてもいいから優介の側で寝れば良かったと後悔することになる。



シーンと静まり返った部屋に入って、すぐにテレビをつけた。

一人じゃないと自分に錯覚させたくてスイッチを入れたはずが、夏にぴったりの心霊特集をやり始めてウソだろ!と叫んでしまう。


急いで電源を落としたが時すでに遅し。ばっちりと怖い部分がこの目に焼き付いていた。


ドクンドクンと大きく脈打つ心臓を鎮めるため、他に何か方法はないかと辺りを見回す。

その時、机の上にあるスマホを見つけて素早く耳にイヤフォンを装着した。


チラッと見た心霊特集や昼の怪奇現象を思い出さないように、必死で曲も選ばず再生をタップしたその瞬間…


「…ね、ぇ」

「ぎゃあああッ」


握りしめているスマホからは一切音が流れてこず、代わりに聞こえてきたのはまたあの幽霊のか細い声。

それと同時に感じたのは背後に何かがいる気配だった。



あいつ憑いてきたのか?!

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