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夏の軌跡
花雛朱
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年08月10日
公開日
40,529文字
連載中
重い過去を背負った少年・七生人はある日、山の中でボロボロの幽霊と出会う。
勝手に憑いてきた少女を成仏させるため「なつ」と名付け、言葉を教え始めるが…彼女の死んだ理由もまた、壮絶なものだった。
様々な人間の優しさが織り成す、友情あり家族愛ありの切ない恋物語。

No.1 第1話『出会い』- 1



「……なんか、ごめんなさい」

「……。」



八月といえば、学生なら誰もが浮かれて遊びまくる夏休み。

僕は去年の夏休みが終わった時から、今年の夏休みを楽しみにしていた。

その夏休みも今日で最終日を迎える。


プールに遊園地に水族館、友達と部屋でゲーム三昧。良い思い出になるはずだった夏休みが最終日の今日、この一瞬の出来事で全てが帳消しにされてしまった。


遡ること一週間前、友達の優介に山へ行こうと誘われ、即答でOKした。


その山に三十分程前から登り始め、良い汗を掻いてきて気持ち良いなと思っていた直後、僕が少し遊び過ぎて急斜面になっていることに気付かずズルッと足を踏み外してしまった。


あっという間に崖下へと滑り落ち、ドサッと自分の体が地面へと叩きつけられる。


滑り落ちた崖はそこまで高さはなく、落ちた衝撃での怪我は奇跡的に無かった。

それよりも足を踏み外した拍子に捻った左足の方がずっと痛みを感じる。


この高さなら優介が一人で僕を引っ張り上げようと思えば出来ないことはない。

けれど、自分の所為で危険な思いをさせたくはなかったから、助けを呼んでもらうことを決めて大声で叫んだ。


「悪い、優介!大人の人呼んできて!」

「俺が引っ張ったるって」

「優介まで落ちたらシャレになんねェだろ」

「…考えてみればそうやな。すぐ戻るから待っとけ平田!」

「おう。ここから抜け出せたら…優介、結婚しような」

「……。」

「あ、無視して行くんだ?」


きついな、お前…と笑いながら崖上を見上げてみれば、もうそこに優介の姿は存在しなかった。


本当に無視して去って行かれたことに少し凹む。

冗談だろー、関西出身なら受け入れろよなーとブツブツ文句を言いながらも、痛む左足の様子をそっと覗ってみた。


感じている痛みよりも思った以上に腫れていて一瞬ぎょっとしてしまう。

これで登山を続けるのは無理だと、そう思わざるを得なかった。


大きなため息が自然と口から零れ出てくる。滅入る気持ちを切り替えて、助けを待つ間何か暇つぶしをしようと周りを見渡してみた。


その時、滑り落ちた崖の斜面が断層になっているのを発見して、おおっと一人目を輝かせながら凝視する。


ここを掘れば化石が出てくるんじゃないかとか、もしかしたら死体が出てくるかもしれないなとか、非現実的なことを妄想して脳内をサスペンス化しながら楽しんだ。


でもそんなこともすぐに飽きてぼーっと助けが来るであろう崖の上を見上げた瞬間、後ろの方からか細い女の声が聞こえてきた。


「だ…」

「え…?」

「…だ」

「誰かいるのか?」


不思議に思い、声に出して辺りを見回した一瞬、肩にぽんっと手を乗せられたような感覚がした。

何も躊躇することなくバッと後ろを振り返った自分の勇気に、今思い返したらすごいなと感心してしまう。


こんな所に自分以外の人間がいる可能性なんて、無いに等しいのだから…


「え、あ…」


自分の肩に手を置いている人物からは、明らかに生気が感じられなかった。

ボロボロの髪が顔面を覆いつくし、真っ暗な瞳だけが髪の隙間から見えてじっとこちらを凝視している。


服はボロ雑巾の様に汚く、辛うじてズボンのような物を着用していることは認識出来た。

こんなにはっきりと姿が見えて手の感触も肩へと伝わっているのに、この子は死んでいる子だと一目見て直感した。


何故そう思ったのか、明確な理由はわからない。

ただ背筋が凍って身震いをし始めた自分の体が、背後に立つ人物が普通の人間ではないことを物語っていた。


「……なんか、ごめんなさい」

「……。」


とりあえず、さっき脳内をサスペンス化して死体を連想していたことに謝罪してみる。

あまりの恐怖と非現実的な現状にパニックになっていた。


この時はもうとにかく必死で、ここから一秒でも早く逃げ出すことだけに思考を働かせていた。


「優介ー!!戻って来てくれー!!!」


大声で優介の名前を崖上に向かって叫ぶ。

腫れた左足を抱えながら、一人で崖を登ることは絶対に無理だと悟った。


今の頼みの綱は優介ただ一人。

自分の体を引っ張り上げてもらうために何度も何度も優介の名前を叫び続けた。


でも、さすが優介というべきか。

全くと言っていいほど戻ってくる気配は感じられなかった。


一生懸命、大人の人を探すために集中して走ってくれているんだろうけど…見た目は派手な茶髪くんなのに、こんなところは真面目で驚嘆する。


もうこの時の僕の頭の中は幽霊と優介でいっぱいいっぱいになっていた。


「怖い怖い怖い…」


右肩に乗せられた手は一切動くことはなく、そのまま僕の肩に乗っている。

その手を、首を動かさずに目だけを動かして様子を見ようとした時だった。

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